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社会福祉法人日本視覚障害者職能開発センター(東京都新宿区)

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社会福祉法人日本視覚障害者職能開発センター(東京都新宿区)

視覚障害者職能開発センターの概要

 日本視覚障害者職能開発センターは、東京ワークショップ(就労継続支援B型事業、就労移行支援事業、自立訓練(生活訓練)事業、就労定着支援事業、職場適応援助者支援事業)等の障がい者就労支援事業を展開する社会福祉法人である。

 始まりは、太平洋戦争によって視覚を失った傷痍軍人の故・松井新二郎氏が、1980年に立ち上げた身体障害者授産施設(旧)東京ワークショップだった。視覚障がい者の仕事といえば鍼・灸・マッサージが当たり前だった時代に、和文カナタイプライター普及促進事業に全力を注ぎ、技術を学んだ人たちが自立できるような就労支援施設をスタートさせたのだ。

 メインとなる作業は、厚労省から発注される審議会の議事録である。開所当時は裁判所の調書のテープ起こしが中心だったのだが、制度が変わって仕事がなくなる際に厚労省の協力を得て各種審議会の録音・議事録作成一式の仕事を任されるようになった。

 オプタコン(小型のカメラが読み取った文字を、細かいピンの振動に変換することによって指で認識できる装置)、AOK点字ワープロ(音声ワープロ)、パソコン(フットペダルを使用した音声データ再生システムと連動)…と、その時代の最先端技術をいち早く導入し、視覚に障害のある人たちでも、高い工賃が稼げることを実践してきた。日本における視覚障がい者就労支援事業のトップランナーと言える。

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時代の変化と共に減少していく文字起こしの仕事

 東京ワークショップというと、以前は「日本一の工賃を誇るB型事業所」として関係者の間で有名だった。全国のB型事業所の月額平均工賃が約16,000円と言われる中で、圧倒的に高い数値を達成していたのである(2015年に全国者会就労センター加盟施設の中で1位となった/98,735円)。しかし近年は技術の進化によって「文字起こし」の仕事が減りつつある。伊吾田伸也施設長は、苦しい胸の内を次のように打ち明ける。

「ピーク時には、利用者さんも毎週土曜日に出勤しないと納期に間に合わないほどの仕事量がありました。審議会は厚労省のさまざまな会議室で開催されています。1日に1〜2時間の審議会が、6件程度あるのも日常茶飯事でした。録音チームが専用機材を抱え、一日中各会議室に出かけて行ったのです。その音源を聞きながら利用者さんがタイピングをし、最終確認として有償ボランティアの晴眼者が音声と照合しながら校正をする。このようにたくさんのスタッフが協力し合いながら仕事に携わった結果として、高い工賃を実現できていたわけです。昨年(2022年)の月額平均工賃実績は約77,000円でしたが、今年は減少することが見込まれています。B型事業所としてはまだまだ高いレベルにあるとはいえ、今後も仕事量がプラスに転じる見込みは少ないと思います」

 仕事量が減少した最大の理由が、技術の進歩である。利用者として現場で約37年働いている野地惠さんは、その変遷をもっとも痛感している一人だ。

「ワープロからパソコンに替わり、インターネットが普及してから私たちの仕事はとても便利になりました。たとえ途中で聞き慣れない専門用語があっても、自分で検索調査できるので、人に調べてもらう手間が省けるからです。でも最近は、進化のスピードが速すぎます。音声を文字に自動変換するアプリの精度がどんどん上がっていますし、これにAIが加わると敵なしです。数時間話し合った内容を、簡潔に要約までしてくれるそうじゃないですか。とてもじゃないけど、私たちがかなう相手ではありません(笑)」

 もちろん、AIにはできないことも数多い。発言者が語った言葉をそのままなぞるのではなく、語尾を統一したり、ケバ取り(「あー」「うんうん」などの無駄な言葉カット)などの作業も、現段階では人間が担当した方が完成度は高いはずだ。それを信じて、野地さんたちは懸命に作業に取り組んでいる。複数チェックによる入力精度等を勘案した総合力では、まだまだ負けていないのだ。

社会福祉法人日本視覚障害者職能開発センター(東京都新宿区)
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高度なパソコンスキルを活かして一般就労へ

 東京ワークショップが利用者たちにこれだけ安定的に仕事を提供し続けてこられたのは、「高度な教育システム」を整えてきたからである。フルキー六点漢字入力システムを使って速記の技術を身に付けた方のみ(就労移行支援・速記コース)が、B型事業所に入所してテープ起こしの仕事に就くことができるのだ。その技術を習得した後も、公用語の文字使い(表記ルール)、所定の書式等の習得訓練をOJTで学んでいく。

 もっとも最近では、習得するまでに膨大な時間や労力が必要な特殊な入力システムを学ばなくても、パソコンスキルを磨いていけば視覚障がい者にも一般就労への道が開けてきた。伊吾田さんは、その変化を次のように語る。

「どんなに努力しても、十数年前までは利用者さんが一般企業に就職することは考えられませんでしたが、今は世の中が大きく変わっています。パソコンで誰もが使っているWordやExcelなどのソフトを高度に使いこなす技術を学んだ方なら、障がい者雇用として多くの求人があるのです。そこで当法人では、就労支援の速記コースとは別に、基礎コース(音声パソコンの基本操作)、応用コース(より高度なパソコンスキルと資格の取得)、ビジネスワークコース(東京都障害者職業能力開発校に準拠)」を設け、就労移行支援事業に力を注ぐようになりました」

 その訓練内容を見ると、Microsoft Officeの各種ソフトの使用法(ビジネス文書、表計算、クロス集計等)はもちろんのこと、日商PC検定受験対策講座、秘書検定受験対策講座、実務課題演習、就職活動対策、英会話まで用意されていることに驚かされる。さらに自立訓練(生活訓練)事業として、コミュニケーション訓練(スマホアプリ)や歩行訓練(公共機関を使った職場までの通勤を想定)まで対応しているわけだから、ここで訓練すれば一般就労への道が開けているといっていい。実際に2年間のトレーニングを積んだ人たちの多くが企業・自治体への就職につながり、その定着率も95%という圧倒的な数値だ。これは明らかに、東京ワークショップが長い間培ってきた視覚障がい者のための教育システムのなせる技だろう。

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視覚障がい者のための新たなB型作業を模索する

 東京ワークショップでは現在、B型事業所の新規受け入れを積極的には行っていないという。文字起こしの仕事は今後も増える見込みがない現在、速記の技術よりもパソコンスキルを磨いて一般就労を目指した方が、経済的には安定すると思われるからだ。とはいっても、B型事業所を利用したいという当事者ニーズがなくなったわけではないのも事実である。そこで伊吾田さんたちは、新たに視覚障がい者が活躍できる分野を模索している。

 その1つとして、企業や団体が主催する研修会への講師派遣がある。現在、「人的資本経営」を推進する上で「ダイバーシティ&インクルージョン」がキーワードとなっているのだが、実際にそれを体感する機会が少ないのも事実だ。そこで当事者の方を講師として派遣して、共生社会のあり方や「視覚障がい者の方と一緒に働く上で知ってもらいたいこと」を伝える活動をビジネスにできないかという取り組みだ。現在、企業研修の企画会社、視覚障がい者も参加できるボードゲームを開発した一般社団法人と3者でコラボし、「ゲームで体感する『ダイバーシティ&インクルージョン』」と題する企業研修会なども始まったという。

 オンラインツールの普及によって、地方に住む視覚障がい者たちが就労支援プログラムに参加できるようになってきたことも近年の大きな変化である。自宅にいながら高度な教育を受けられるため、スキルさえ身につけば在宅就労という働き方も充分に可能なのだ。地方ではまだ視覚障がい者のための就労支援ノウハウは整っていないのが現状であり、障がい者雇用を推進する行政関係者からの期待は大いに高まりつつある。創業者たちがこれまでずっとこだわってきた「視覚障がい者の就労環境向上」に寄与するために、東京ワークショップでは時代の変化に寄り添った支援システムを今後も、構築していく予定だ。

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(写真・文/戸原一男:Kプランニング

【社会福祉法人視覚障害者職能開発センター】
http://www.jvdcb.jp

※この記事にある事業所名、役職・氏名等の内容は、公開当時(2024年02月01日)のものです。予めご了承ください。