特定非営利活動法人日本セルプセンター

お問い合わせ

Reportage

SELP訪問ルポ

社会福祉法人やまと会(福島県石川町)

公開日:

まったくのゼロからパン事業がスタート

やまと会は、多機能型障がい者福祉サービス事業所「愛恵自立支援センター」(生活介護事業・就労移行支援事業・就労継続支援B型事業)を運営する社会福祉法人である。作業種目としてはこれまで園芸や野菜作り、牛乳パック再生紙を使った紙すきなどが中心であった。しかし2012年度に日本セルプセンターが募集した「東日本大震災で被災した施設に対する東北支援事業」に応募することによって、翌年より新規にパン事業をスタートさせている。

応募の経過について、大野広光施設長は次のように説明する。

「私たちの施設では、これまで比較的地味な作業しかおこなっていませんでした。そのため平均工賃も5,000円程度。そのため地元の建築会社が計画する新事業(米や野菜などを収穫する農業)に参画し、工賃倍増へ向けた取り組みを始めていたのです。東日本大震災がおこったのは、ちょうどその時でした。幸い、私たちの施設に大きな被害はなかったのですが、原発事故の風評被害によって福島県の農産物は壊滅的な打撃を受けました。福島産というだけで、まったく売り物になりません。とても新規に参入できる状況ではなくなり、新たなアイデアを求めていたのです」

日本セルプセンターが募集した支援事業は、そんな愛恵自立支援センターにとってまさにうってつけであった。即座に応募し、福島県代表の支援施設として採択されることになった。食品加工そのものが初めての取り組みであり、まったくのゼロからのスタートだったという。

日本セルプセンターの東北支援事業とは?

今回の日本セルプセンターの東北支援事業は、NPO法人NGBC(ニュー・ジェネレーション・ベーカリーズ・クラブ)の東北支援活動と、福島県から委託された「障害者就労支援事業所支援事業」を組み合わせた取り組みである。NGBCとは2008年に設立された、横浜や川崎のパン店の経営者らで構成されるNPO法人だ。これまでにもチャレンジド・カップ(障がい者とその支援者たちによるパン・菓子づくりコンテスト)の主催や、カンボジアにおけるパンの製造技術支援、東日本大震災の被災地支援等の社会貢献活動を積極的におこなってきた。日本セルプセンターとは、「真心絶品認定施設の商品力向上のためのサポート事業」や「共同事業化を目指した製菓・製パン技術実践指導講習会」に、NGBCの中心メンバーの一人でもあるベテラン職人・加藤晃さん(75歳)を派遣してもらうなどの関係を続けている。

NGBCの会員たちがそれぞれの店で集めた東北大震災募金が1,000万円を越えたのを機に、「顔の見える具体的な支援活動をしたい」との申し出が日本セルプセンターに寄せられた。そこで日本セルプセンターが国や県の東日本大震災被災地支援事業と組み合わせ、被災県における障がい者施設「製パン事業新規立ち上げ支援活動」としたのである。

参加条件は、ただ一つ。ゼロからパン事業をスタートしたいと思っている障がい者就労施設であることだけだ。宮城・岩手・福島の三県から1施設ずつ。選択されれば、パン事業を開始するために必要な機材一式(溶岩窯、発酵庫、ミキサー、冷凍冷蔵庫、作業台、製パン小道具)をすべて無償提供し、パンづくりについても半年以上にわたって技術指導するという好待遇である。大野施設長も、この話を聞いたときには「支援内容があまりにすごすぎて、最初はちょっと信じられませんでした(笑)」と語っている。

もちろん機材を設置するための場所を確保する必要はあるし、食品事業をスタートするにあたっての新たな職員・利用者配置、保健所への営業許可申請等は必要だろう。しかし、すべて揃えると通常1,000万円以上と言われるパン製造関連機材が一挙に揃ってしまうのである。ベテランのパン技術者も、現地に長期間にわたって派遣される。職員の指導だけでなく、利用者がどのように作業に関わってもらうかについても具体的に指導してくれるのだ。これだけ現場のニーズに即した支援ができるのは、まさにNGBCと日本セルプセンターのノウハウがあってのことだろう。

パンの職人・加藤さんの熱血指導

パンの製造指導は、今回も加藤さんが担当した。すでに日本セルプセンターがおこなってきた山口、新潟、熊本、徳島、千葉県の「製菓・製パン技術実践指導講習会」の講師も担当しているため、その名前は全国の障がい者施設の間ではお馴染みになりつつある。なんとこの道60年、製菓・製パン業界においてはレジェンドと称される超ベテランの職人であり、現在も多くの企業顧問を務める現役の中小ベーカリー経営アドバイザーでもある。和菓子から洋菓子、製パンにいたるまであらゆる分野の製造及び経営指導ができる希有な存在だ。

企業はもちろん多くの福祉施設においても製菓・製パンの実技指導経験があるため、現場に入り込んで作業者たちに教えるのはもっとも得意とするところである。教え方は意外にもスパルタ方式。相手が職員だろうと利用者だろうと容赦なく、一般企業の職人たちと同じスピートで同じ品質の製品を作ることを求めていく。その代わり、指導は粉の配合から混ぜる順番、温度管理、タイミング、こね方、焼き方、使用器具やその使い方にいたるまで非常に具体的である。まったくの素人でも、やる気さえあればどんどん高い技術を吸収することができる。仁井敏昭サービス管理責任者は語っている。

「福祉施設だからという妥協を一切しない先生の指導は、本当に厳しいものでした。初めにお会いしたときは温厚そうなイメージでしたが、ユニフォームを着ると表情が一変。利用者だからといって、レベルを下げた教え方などまったくしません。利用者支援という観点からも、非常に勉強になりましたね。今回の事業立ち上げに当たっては、職員も利用者も参加希望者を募り、ぜひやりたいと申し出た人たちだけでスタートしました。そんなメンバーだったから、厳しい指導に耐えられたのかもしれません」

加藤さんのパン作りの基本は、安心安全な自然素材だけを使った手づくりの味。もちろん冷凍生地などは一切使わない。

「冷凍生地を焼いたパンは、添加物の固まり。とても安心してお客さんに勧められる商品とは言えません。手抜きせずに素材そのものをこね合わせ、小麦の香りを楽しめるパンこそ、今の時代の消費者が求めているものではないでしょうか? 菓子パンや総菜パンに使う餡(あん)やソースなどもきちんと手作りすれば、美味しさはきっと伝わっていくと思います。せっかくパン事業を始めるのですから、感動するほど美味しいパンを作れるようになってもらいたいですね。決して職員だけで製造するのではなく、障がい者にもきちんと技術を教え、参加意識と自信を付けさせることが福祉施設の大切な役割だと私は思います」

利用者も職員も、8ヶ月で完全にパン作りをマスター

加藤さんの指導により、ホテルブレッド、食パン、フランスパン、コロッケパン、焼きそばお焼き、キャベツロール、焼きカレーパン、チーズロール、ウインナチーズ、メロンパン、アンパン、クリームパン、チョコクリームパン、シナモンロール、ショコラパン、アップルシナモンパン、ミニピザ等、30種類以上のラインナップが揃うことになった。

ホテルブレッドはバターたっぷりでふわふわの食感、フランスパンはカリカリに焼けて香ばしい本格的な味わいだ。アンパンの餡は、和菓子職人でもある加藤さん直伝の味。施設の畑で採取された小豆から煮込んだ、甘さ控えめの本格的な手作り餡をたっぷり詰めている。とても8ヶ月前に突如として始まった素人パン屋の商品とは思えない。

「自分たちでも、本当に美味しいパンが焼けるようになったと思います。スタッフたちはみんなパン好きばかり。毎日パンが焼き上がるのを楽しみにしています。いつも自腹でパンを購入して食べているので、だんだん私たちの体のサイズが大きくなっています(笑)(木田江美子支援員)

「残された課題は、フランスパンですね。これだけは本当に難しい。加藤先生の味を出すには、まだまだ時間がかかりそうです。でも、厨房に併設された店舗にお客さんが来て下さって、『美味しかった!』と言ってくださるのをみんなで励みにしています。厳しい指導のおかげで、現場のオペレーション能力は相当高くなりました。自分たちのやるべき仕事を、一人ひとりがきちんと把握しています。みんなパンを作るのが大好きですし、注文さえあるならもっと作れると思います」(鈴木和江支援員)

利用者たちの意識もどんどん変わっている。職員同様、もともと自ら志願してこの新事業に移動してきた人たちばかりだから、仕事への情熱は高かった。鈴木悠介さんなどは、将来パン屋さんで働くことが夢だと言い切り、加藤さんに徹底的にしごかれている。少しでも手を休めると「ゆうすけ!」と怒られる姿が、なんとも微笑ましい。今回の支援事業をもっとも満喫した一人といっていいだろう。現在は、食パンの成形が得意と言えるだけの実力が身についた。

以前の部署ではなにかと理由を付けて仕事を休んでばかりした永沼千佳さんなどは、勤務態度が一変。パン事業に移動してからほとんど休まなくなった。それどころか、パンの成形でもっとも難しいとされる包餡(アンパンなどに餡を包む込む作業工程)を難なくこなす成長ぶりには、職員たちも驚きを隠せないという。

さらに地域に根ざしたパン屋さんを目指したい

仁井サービス管理責任者は、今後の展開について次のように語っている。

「この間、宣伝も含めて近隣の特別支援学校や福祉施設、社会福祉協議会や町役場などに焼きたてパンを持参してテスト販売してきました。とにかく味については、みんな褒めてくれますね。利用者たちも一緒に作っているというと、さらに驚いてくれます。加藤先生からは営業方法についてのアドバイスもいただきました。いくら店舗を併設したといっても、町中にあるわけではありません。待っていても売れるはずがないから、どんどん積極的に持ち歩くこと。その時にチラシを持参して注文受付ができるようにすること。そして送迎の車に、店舗名である『ベーカリーあい』のマークを大きくラッピングして宣伝することなどです。加藤先生は指導の最後に、1日の売上目標として『せめて最低限40,000円〜50,000円をめざせ』と厳しく言われました」

大野施設長も、売上ノルマについては十分認識しているようだ。

「8ヶ月もの長い期間、毎月一週間もこちらに泊まり込みで必死に指導してくださった加藤先生の恩に報いるためにも、なんとしても売上げ目標は達成しなくてはならないと私たちみんなが考えています。『パンの販売はお昼が勝負。そのためには9時に仕事をスタートするようでは遅すぎる。せめて交代で6時に早出するチームがいるような勤務体制を整えなければ…』等々、新しい事業を始めたおかげで就業規則の変更に手を付ける必要も出てきました。しかし、工賃倍増のために必要なことであれば当然です。これまで比較的のんびりしていた施設の体質が、一挙に変わりつつあるのを実感していますね」

パンの売店だけでなく、敷地内にカフェをオープンする計画も実現に向けて進んでいるという。現在の実験販売だけでも美味しさを聞きつけたパン好きのお客さんが、わざわざ狭い店舗に焼きたてパンを買いに来るほどである。カフェの話が実現すれば、これまで以上に地域に施設の名前は知れ渡っていくことだろう。日本セルプセンターの「東日本大震災で被災した施設に対する東北支援事業」によって、まったくのゼロから製パン事業をスタートさせた愛恵自立支援センター。数年後には、果たしてどのような成長を遂げているのだろうか。金銭的かつ人的に全面的なサポートをしてくださったNGBCの皆さんのためにも、今後も継続的にその変化を見守っていく必要があるだろう。

(文・写真:戸原一男/Kプランニング

※この記事にある事業所名、役職・氏名等の内容は、公開当時(2014年06月01日)のものです。予めご了承ください。