Reportage
SELP訪問ルポ
社会福祉法人啓仁会(熊本県天草郡苓北町)
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啓仁会の概要
啓仁会は、天草更生園(就労継続支援A型事業、就労継続支援B型事業、生活介護事業、施設入所支援事業、共同生活援助事業)、天草整肢園(生活介護事業、施設入所支援事業)、苓龍苑(生活介護事業、施設入所支援事業、短期入所事業)、天草整肢園相談支援事業所等の障がい者支援事業を運営する社会福祉法人である。
法人の設立は、1969年に遡る。温泉の街としても有名な天草町下田に、熊本県で初めての肢体不自由者更生施設・天草リハビリテーションを開所したのが始まりである。脳性麻痺や片麻痺等の身体障がいのある人たちの機能回復として温水プールでのリハビリを提供し、効果を上げていた。その後、天草整肢園、天草更生園、苓龍苑と新たに事業所が増えていき、1998年には施設の統廃合(天草リハビリテーションを廃止し苓龍苑を開設)等も実施され、現在の地(苓北町)に3つの施設が同じ敷地内に建ち並ぶ新たなスタートを切った。
天草更生園の就労事業は、クリーニング(A型・B型・生活介護)、印刷(B型)、珈琲(B型・生活介護)である。利用者一人ひとりの障がい特性に合わせた作業を提供することにより、月額平均工賃はA型:128,540円(2022年度)、B型:54,282(2022年度)、生活介護:13,492円と、全国平均を大幅に上回る実績を残している。
地域のほとんどの病院・施設・ホテルが取引先
天草更生園のメイン事業となっているのが、クリーニングである。事業所で用意した寝具・タオル・浴衣・患者服等を取引先にレンタルで提供するいわゆるリネンサプライサービスだ。取引先の数は、天草地域の病院、障がい者・高齢者施設が81件、ホテル・旅館・民宿等が50件。天草地域には大手のリネンサプライ事業者がないこともあり、先輩たちが行ってきた地道な営業活動の結果、地域の関係施設をほぼ網羅できる状態になったのだという。
「リネンサプライなので、タオルや浴衣などの柄は基本的には同じものを提供しているわけですが、いくつかある中から選んでもらってその施設専用のリネンを提供しているケースもあります。それどころか、名前をすり込んでいるホテルや旅館もあるほどです。こういう細かなニーズに対応しているところも、お客さんからの信頼を勝ち取ってきた理由ではないでしょうか」と、園長の山田義勝さんは言う。
クリーニング事業の年間売上高は、1億7,700万円(2022年度実績)である。コロナ禍で一時はホテル関係の売上が半減して打撃を受けたこともあったが、現在はほぼ回復、むしろコロナ前よりも売上を増やしつつある。重油の値上がりによって利益率を圧迫されるクリーニング事業者も多い中、天草更生園では営業担当職員が真摯に顧客へ理解を求め、値上げを了承してもらっている。これはひとえに、町内唯一のリネンサプライ事業者として長い間培ってきた信頼関係の証だろう。価格の安い大手の事業者は(車で2時間ほどかかってしまう)熊本市内にしかないため、ガソリン代の高騰がかえって(地元にある)天草更生園の営業には好都合となっているようだ。
クリーニング事業が好調のため、2009年には第二工場を増築。第一工場を病院・施設関係者向けリネン、第二工場はホテル向けリネンに分業させた。これによってますます作業効率が上がるというメリットも生まれている。顧客からはさらにユニフォームの取り扱いも要望されているらしく、さらなる売上アップのための事業展開を構想中だ。
伝統の印刷事業と、ユニークな「珈琲工房麟泉」事業
クリーニング事業ほどの規模ではないものの、印刷と珈琲という2つの事業にも取り組んでいる。就労事業部長の山本貴秀さんは説明する。
「印刷は、単色機を用いて名刺、封筒、年賀状、複写伝票等を受注しています。カラー化が進む現在、旧式の単色機を使っているので、仕事量そのものは頭打ちです。今後も大きな受注拡大は望めませんが、創設時から取り組む伝統的な作業でもありますし、複写伝票の製本など職人的な技術を取得している利用者さんもいます。大きく赤字にならない限りは、これまで通り続けていきたいです」
珈琲は、生豆を仕入れて選別し、焙煎した豆を販売するという事業である。第16代志岐家当主の志岐麟泉(鎮経)が志岐城下に南蛮文化を花開かせたキリシタン大名であったことから着想を得て、天草更生園の珈琲事業を「珈琲工房麟泉」と名付けてブランド化した。喫茶店等の運営は行っていないが、町内のスーパー内に専用店舗を出店し、珈琲豆の販売と珈琲のテイクアウトを提供する。地域のイベントにも毎月のように出店しているため、地域内ではすっかり「珈琲工房麟泉」の名前は広まっているようだ。
「珈琲豆の焙煎は、気候や湿度によって微妙に焼き温度や時間を変える必要があります。その難しい設定を、二人の利用者さんたちだけで担当しているのです。まさに焙煎のプロフェッショナルと呼んでも良いでしょう。店舗での接客も、利用者さんに担当してもらっています。地域のお客さんと交流が持てるので、本当に楽しい仕事だと好評です」と、山田園長。
珈琲の販売は、法人内でも積極的に行われている。天草更生園はもちろんのこと、敷地内にある天草整肢園、苓龍苑にも休憩時間に出かけて行って、温かい(夏はアイス)コーヒーを一杯70円で販売する。いつも淹れ立ての本格的なコーヒーを飲むのが当たり前になっているので、利用者さんも職員たちも皆、すっかり珈琲通になってしまったとのことだ。
さらなる成長を目指して、取り組みたいこと
最後に、天草更生園の今後の課題について山田園長に伺ってみた。1つが、利用者たちの安心・安全な作業環境の構築だという。そのために、来年度より「インカム」(インターコミュニケーションシステム)の導入を決めた。現在は作業場がクリーニング第一工場、第二工場、印刷事業、珈琲事業と大きく4つに分かれているため、連絡を取り合うのが煩雑になっていた。インカム導入によってこれが大きく改善され、安全安心な作業環境を構築できることが期待されている。
2つ目が、工賃アップである。クリーニング事業が好調なため、A型・B型・生活介護の全ての事業において比較的高い工賃を支払うことができている天草更生園だが、さらに伸びしろはあると考えている。取引先から要望されている新たなニーズ(ユニフォーム等)に対応するためにも、新規機械導入や第三工場建設を視野に入れた将来計画を策定する時期に来ている。
3つ目が、利用者の欠員への対応である。これだけ高い工賃を支給する実績ある事業所であっても、利用者の現員がA型4名(定員10名)、B型34名(定員40名)、生活介護・施設入所支援16名(定員60名)にすぎない(全定員110名に対して、合計54名)。これは、事業所は天草市中心部から25キロも離れた土地(苓北町)にあることが原因だという。現状では、天草市内中心部への送迎にも対応できていない。定員確保のためには、新たな策を講じる必要があるだろう。
いろいろ課題はあるのも事実だが、天草更生園のスタッフたちは皆、前を向いている。「健康が何よりも一番。健康を守るためにも、安心安全な職場作りを心がけたいです」(山田園長)、「今後は、作業を自動化できる新しい機械の導入も視野に入れたいと思います」(田崎修平事務局次長)、「地域には、さまざまな障がいのある人たちがたくさんいらっしゃいます。今まで所属していなかった障がい種別の利用者さんたちも、積極的に参加してもらうことをめざします」(山本部長)、「利用者さんが安心して暮らせるために、仕事の確保はもちろん、生活のサポートにも力を入れていきたいですね」(山﨑興治事務局課長)。
「尊厳」(基本的人権の尊重と、その人らしい生活の実現)、「自立」(働く・くらすの支援と自立した地域生活の実現)、「共生」(共に支え合い、生きる社会の実現)という法人理念を実現させるため、天草更生園では職員の資質や専門性向上にも力を入れ、今後も積極的な事業展開を図っていく予定だ。
(写真提供:社会福祉法人啓仁会、文:戸原一男/Kプランニング)
【社会福祉法人啓仁会】
http://www.k-keijinkai.or.jp/
※この記事にある事業所名、役職・氏名等の内容は、公開当時(2023年11月17日)のものです。予めご了承ください。