Reportage
SELP訪問ルポ
社会福祉法人さくら福祉事業会(高知県高岡郡佐川町)
公開日:
さくら福祉事業会の概要
さくら福祉事業会は、さくら福祉事業所(就労継続支援B型事業)、あさぎり(就労継続支援B型事業)、なのはな(就労継続支援B型事業)、どんぐり(就労継続支援B型事業)、やまびこ(就労継続支援B型事業)、さくらんぼ(生活介護事業・日中一時支援事業)、地域活動支援センターやまびこ、あったかふれあいセンターやまびこ等の福祉事業を展開する社会福祉法人である。
事業所の設立構想が作られたのは、1979年のことだった。森林率70%という典型的な中山間地域である佐川町に「障がいのある人たちの働く場を作ろう」と田村輝雄現理事長が訴えたところ、当時勤めていた職場(電電公社)の仲間や労働組合、地域住民たちが続々と協力した。「コーヒー一杯分の善意を」と一人300円の寄付を呼びかけ、数万人の人たちが参加してくれたのである。この結果、必要資金の6割に当たる約2,500万円の寄付が集まり、1986年に法人を設立。定員20名の身体障害者通所授産施設(当時)さくら福祉事業所が開所することになった。
作業科目としては、木工作業、軽作業、農福関連事業(野菜の袋詰め)等を中心とする。とくに売上の過半数を占めるという木工作業では、旋盤やボール盤などの各種断裁機、レーザー加工機、水性ダイレクトプリンター等、本格的な機材を導入することによって、地域の木工作家やさかわ発明ラボ(森林資源に囲まれた佐川町の特長を活かし、デザインの力で木工製品の開発を担う拠点)との連携強化に繋がっている。月額平均工賃は、30,106円(2022年実績)である。
作業の細分化や治具導入による作業性の向上
さくら福祉事業所では、各部署において工賃向上をめざした取り組みが進んでいる。作業支援員の岡林恵巳主任は、その考え方について次のように説明する。
「私の担当は軽作業なのですが、作業内容を細分化することで仕事に携わる利用者さんの数を増やすとか、オリジナル治具を開発することによって障がいの重い人でも作業に参加できる環境を作り出すといった工夫を行っています」
たとえば、製紙会社から委託される仕事の1つに封筒の袋詰めがある。封筒10枚を1セットとして袋に詰める作業であり、数を数えられない利用者には難しかった。そこで封筒を1枚ずつ並べる枠を用意し、全部並べたらまとめて袋に詰めるように支援してみると、見事にはまった。今では活き活きとセット作業に勤しんでいるという。同じような工夫を、サイコロ状の木材セットにも採用してみた。こちらは木材の絵を描いた皿を用意し、そこに並べることによって木片を数えてもらうというアイデアだ。
「最近、ようやく作業場の構造化にも着手しました。利用者さんが、もっと仕事に集中できるような環境を作ろうと考えたのです。これまで大きな机を中央に4つ並べて作業してもらっていたのですが、利用者さんによっては隣の人が気になって集中できない方がいます。そこで机を壁に向けて配置するなど、一人ひとりの特性にあわせた配慮をしたわけです。今回の構造化によって、生産性も着実に向上していると感じています」と、岡林さん。
この取り組みを行った背景には、利用者の多様化があるという。身体障がい者が中心だった設立当初とは違い、最近ではさまざまな障がいのある利用者が入所するようになってきた。とくに近年は対人関係が苦手な精神障がい者が増えつつあり、彼らに対応するためにも職場の構造化は避けて通れない課題だった。机の配置以外にも、いつでも休めるような休憩室を設置するなど、利用者の心の安定を図るという工夫を加えている。全国の障がい者就労系事業所にとっても、今後新たに取り組むべき課題の1つと言えそうだ。
障がいのある人にも社会参加意識を高める工夫
さくら福祉事業所のもう一つの特色が、作業を通じて利用者たちに「社会への参加意識を強く持ってもらうこと」が挙げられる。これは、田村理事長が典型的な中山間地域の佐川町を「福祉」で盛りあげようと考え、政治の世界にも足を踏み入れたことが大きいかもしれない。理事長職と並行して町議会議員4期、県議会議員5期を勤め上げ、地域の福祉サービス向上、県の産業振興にも尽力してきたのである。その間に培ってきた人脈を有効活用し、県内企業、団体、行政機関とタイアップした製品づくりにも積極的に関わってきた。
代表的なのが、JR高知駅前にある県の観光情報発信機関「とさてらす」の土産物物産コーナーで販売した「木製・龍馬ストラップ」である(現在は、販売休止)。NHK大河ドラマ『龍馬伝』の放映に合わせてオープンした観光拠点だけあって、全国から龍馬ファンが殺到。さくら福祉事業所が製作担当していた「龍馬ストラップ」も、売れに売れた。「ピーク時には、1年間で1,000個を販売したこともありました」と、岡﨑将管理者は嬉しそうに語る。
その後も朝ドラ『らんまん』の主人公のモデルであった植物学者・牧野富太郎博士のグッズを主に高知県内5事業所が協力して製作・販売するといった活動(高知県セルプセンター協議会・共同受注窓口)に関わっている。
こうした製品づくりに力を入れるのは、工賃向上の取り組みであることはもちろんだが、決してそれだけではない。「話題性のある製品づくりに参加することで、利用者たちに社会参加への意識を高めてほしい」というのが、田村理事長が大切にするテーマだ。多くの人たちの目にとまり、メディアでも話題になる製品づくりに関われば、仕事へのモチベーションや、事業所全体の活気も高まるはずである。そのためにも、話題性ある製品づくりを進めている。
目指すのは、まち全体の福祉環境を整えること
「福祉のチカラでまちづくり」という田村理事長の考えは、議員活動の成果もあって佐川町全体の福祉環境整備活動とリンクしてきた。1991年に発足したシルバー人材センターの設立代表にも名を連ねて初代局長に就任したほか、近年では農業法人が運営する水耕工場での障がい者雇用の実現にも協力した。これは、障がい者の雇用の義務化と雇用率の引き上げに伴って設けられた特例措置(※)を活用する取り組みだ。
「水耕工場で働く障がいのある人たちは、地域にお住まいの精神障がいのある方たちです。一般就労は難しいけれども、障がい福祉サービス事業所の低工賃では満足できない。そんな人たちのニーズに応えることも、私たちの大切な役割だと考えます。法人内事業所の利用者さんにとっても、大きな効果があるはずです。スキルを磨けば、自分たちもいつかは一般就労への道が開けるかもしれない…という希望を持てるようになるからです」と、田村理事長。
創設時から一貫して変わらないのは、「望まぬ障がいをもつ仲間が、明日に希望を持ちつつ働きたいが働く場所がない…その小さくとも熱い思いを何とか実らせたい」という理事長の情熱だろう。コーヒー1杯の善意を礎として始まった小さな施設建設運動から、41年。今や8か所の障がい福祉サービス事業所を運営するに至ったさくら福祉事業会の活動は、ますます進化しつつある。
「高知県では、子どもから高齢者まで、年齢や障害の有無にかかわらず、小規模でありながら必要なサービスが提供でき、ふれ合うことのできる地域福祉の拠点『あったかふれあいセンター』を31市町村55拠点・254サテライトで展開できるようになりました。当法人でもその1つを受託して、地域共生社会の実現をめざします。社会の変化と共に、多様化していくニーズに対応する活動に取り組んでいきたいです」と語る田村理事長。その夢は、今後ますます膨らんでいくことだろう。
※障がいのある社員を障害者雇用率制度の雇用算定対象とするには、障がいの区分によって異なる一定の基準を満たす必要がある。精神障がい者については、週20時間以上30時間未満の短時間雇用でも1カウントにする期限付き特例処置が始まり、その定着率の高さから当分の間の延長が決定している。
(写真提供:社会福祉法人さくら福祉事業会、文:戸原一男/Kプランニング)
※この記事にある事業所名、役職・氏名等の内容は、公開当時(2023年12月25日)のものです。予めご了承ください。