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社会福祉法人開く会(神奈川県横浜市)

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開く会の概要

開く会は、共働舎(就労継続B型事業・生活介護事業)、はたらき本舗(就労継続B型事業)、ファール・ニエンテ(就労継続A型事業・就労継続B型事業・就労移行支援事業)等の障がい者就労系事業所を経営する社会福祉法人である。この他、共働舎やはたらき本舗で生産させた製品を販売するショップ花郷〜はらむら〜や、九軒のグループホーム、3か所のケアプラザ、コミュニティハウスなども運営する。

作業品目としては、共働舎が無農薬野菜やプランター栽培などの農園芸、自家製小麦の製粉、パン製造、陶芸製造、はたらき本舗が焼き菓子製造となっている。障害基礎年金と工賃だけで支援付きのグループホームでできるための収入10万円をめざし、より高い工賃の実現に向けてさまざまな事業を展開してきた。2014年11月には、ついにA型事業所としたのイタリアンレストラン&石窯パン工房「ファール・ニエンテ」をオープンしている。

1000坪の麦畑で小麦を生産、自家製粉を実施してきた

共働舎では、1990年の成立時から園芸療法に力を入れてきた。これについて萩原達也施設長(50歳)は、次のように説明する。

「とくに知的障がい者にとって、視覚で変化を認識しやすいというのが最大のメリット。種をまき、芽が出て、花が開いて、実が実る。この一連の流れをメンバー全員が体験できることは、とても貴重な体験です。日々のちょっとした変化が、まわりの人たちとの会話を広げてくれるのです。自分の世話によって植物が育っているという自負心をもてるのも素晴らしい。五感を刺激し、利用者に自信を与えてくれる農園作業を、私たちは積極的に取り入れてきました」

そんな考えを基本とするため、パンの製造を始めるに当たっても原材料の小麦を自分たちで栽培してみようという発想となった。施設から少し離れた秦野市で畑を借り、小麦を収穫。「ぼくらの小麦」としてブランド化し、これを使った「ぼくらのパン」を中心にパン事業を2008年からスタートさせている。小麦の生産だけでなく、製粉まで施設内でおこなう徹底した自家製造のパンは、素材にこだわる手作りの味として地域住民の間であっという間に評判となった。施設入り口に設置された対面式のパンショップ「花郷〜はらむら〜」を中心にして販売されている。

新たにオープンした、連日満員のA型レストラン&パン工房

開く会が2014年に新たに取り組んだ事業所が、イタリアンレストラン&石窯パン工房「ファール・ニエンテ」だ。これは、共働舎やはたらき本舗で培ってきたパンや焼き菓子製造・喫茶店経営のノウハウを集大成させた店といっていい。店が建つのは、横浜市営地下鉄ブルーライン下飯田駅の目の前。この一等地に、2400m²もの広大な敷地面積を誇るオシャレなベーカリーレストランを誕生させたのである。

「ファール・ニエンテ」とは、イタリア語で「何もしない」という意味だという。イタリアには、「甘美なる無為=何もしないことを楽しもう」という「ドルチェ・ファール・ニエンテ」という慣用句がある。いわゆるスローライフのすすめだ。「ただそこにいるだけで、満ち足りる。優雅な時間を過ごせる空間」の大切さを知ってもらい、さらに「誰もがお互いを認め、満ち足りた時間を過ごせる空間」を共有しよう。店名には、施設からのそんなメッセージが込められている。

そのため、店まわりの空間づくりには最大限に気を使った。庭には何十種類もの樹木を植え、畑や温室では店で使う野菜が栽培されている。広大な駐車場と緑鮮やかな庭は、まるで観光地の飲食店のような雰囲気である。そして、切り妻屋根の店舗からは焼きたてのパンの香りが漂ってくる。敷地内には小麦畑もあり、収穫された小麦粉を施設(共働舎)で製粉してパンやピザが作られているのだ。まさに施設事業の6次産業化。しかも1つの空間の中でそれが完結する理想的なスタイルを発案したのは、萩原施設長だという。

「きっかけは単純でした。グループホームを建てないかと相談され、出会ったのがこの場所だったのです。駅前なのに広大な空き地となっていたので、ここをフルに活用できれば、庭・小麦畑・レストランが一体となった事業所を展開できるのではないかと、ひらめいたのです。区が進めていた『いずみ・田園ルネッサンス構想』という緑地保全事業と趣旨が一致したのも幸いでした。言い出した自分が責任をとり、レストランのコックは飲食店で働いた経験を活かして当面は私が担当しています(笑)。おかげさまでオープン以来、連日満員。ここ1ヶ月、私はほとんど休みもとれない状態です」

人気の石窯ピザを焼く職人も、なんと自閉症の利用者

人気の秘密はベテランの職人が石窯を使って焼き上げた、中はもっちり、表面はカリカリのパンの美味しさに加えて、リーズナブルな価格で提供されるイタリアンレストランメニューにあるという。オープンにあたって、日本セルプセンターとも関係が深いNPO法人NGBC(ニュー・ジェネレーションズ・ベーカリーズ・クラブ)が全面的に協力してくれた。横浜市青葉台にある人気パン工房&レストラン「プロローグ・プレジール」のオーナーである山本敬三シェフ(NGBC副理事)による支援である。萩原施設長は言う。

「『プロローグ・プレジール』といえば、行列のできるパン屋さんとして注目の店。そんな店のオーナーが、レストランのメニュー構成から石焼きピザの作り方、ホールの接客技術に至るまで細かく指導してくれました。私自身、店の厨房に入り、みっちと基礎をたたき込まれています。たった2週間程度の研修でしたが、さすがに一流シェフ。基本的なコツを伝授していただくだけで、自信をもって店をスタートさせることができました。とくに宣伝などしないのに、口コミで続々お客さんが詰めかけてくれているのは研修の成果でしょう」

萩原さんたちが指導していただいた「プロローグ・プレジール」というのは、常時200点以上の焼きたてパンがあふれる豊富なパンメニューに加えて、小麦を知り尽くした職人が作るイタリアンが圧倒的な人気を誇っている超繁盛店だ。低温長時間発酵の生地を富士山溶岩窯で焼き上げ、耳まで美味しく食べられるピザは、ヨコハマではとても有名である。そんな人気店の味を伝承し、緑あふれる癒しの空間の中でのんびりと時間を過ごせるオシャレなレストラン&パン工房が近くに突如出現したわけだから、泉区の女性たちが敏感に反応するのも当然なのだろう。

名物となっている美味しいピザを焼くのは、利用者の高橋剛さんである。生地を伸ばし、くるくると回しながら大きなピザ生地を生成、具材をセットして溶岩窯まで焼き入れる。この一連の作業をお客さんの前で堂々とやり遂げている。土日のピーク時には、1日で最大60枚のピザを焼いているのだというから驚きだ。すでに自信たっぷりの職人といった風貌で、カメラを向けてもしっかりポーズをとるほどの余裕である。

目標は、地産地消のレストラン

取材に伺ったのは、オープンからちょうど1ヶ月経った時期。パン工房・レストラン共に連日満員で、店の外には13時を過ぎても行列ができていた。山本敬三シェフたち経営アドバイザーの予想をはるかに超える繁盛ぶりだという。

「おかげさまでスタートダッシュは大成功。ちょっと怖いくらいの反応ですよね。福祉施設のパンレストランがオープンするとメディアが競って宣伝してくれますが、当店の広報活動はほとんどがお客さんによる口コミのみ。来店してくださった女性たちが、店まわりや料理の写真をブログやフェスイブックなどにアップしてくださるため、それを見たお客さんが次々に訪れているようなのです」

と、萩原施設長は満面の笑みを浮かべている。駅前であるにもかかわらず、駐車スペースを最大15台分用意したこともプラスに働いているようだ。専門家の分析によると、1台で年間300万円というのが売上の目安というが、オープンから1ヶ月の売上は約600万円。目標を余裕でクリアしている。萩原さんにとって何よりも嬉しいのは、これだけの繁盛店で働くことによって利用者たちの潜在能力が次々に開化していくのを目の当たりにしていることだという。

「ホントに忙しい毎日ですが、たくさんのお客さんの前で働くことが楽しくて仕方ないみたいです。ただし私たちはあくまで福祉施設ですから、売上や利益も大切ですけれど、同時に店で働く人たちの支援も怠らないようにしたいと肝に銘じています。レストランやパン工房だけでなく、温室や畑での農作業、ガーデニングの整備なども『ファール・ニエンテ』にとっては大切な仕事です。彼らが一生懸命働く姿を町の人たちが当たり前のように毎日眺めていく。日常の中に完全に一体化した、そんな風景を生み出していきたいですね」

萩原さんはレストランの庭を「地域に憩いの場」とするために、「ファール・ニエンテ『みんなの庭』プロジェクト」としてクラウドファンディング(ネットによる資金調達サイト)「LOCAL GOOD YOKOHAMA」で基金を募り、みごとに目標金額を集めることにも成功している。これは、地域に住む人たちの癒しの空間を、障がい者施設が農と食を通じて共に作りだしていこうとする先進的な取り組みだ。社会福祉法人による地域貢献活動の新たなカタチとして、今後ますます注目されていくことだろう。

(文・写真:戸原一男/Kプランニング

社会福祉法人開く会(神奈川県横浜市)
http://www.hirakukaicp.or.jp

※この記事にある事業所名、役職・氏名等の内容は、公開当時(2015年03月01日)のものです。予めご了承ください。