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社会福祉法人嬉泉(東京都世田谷区)

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嬉泉の概要

嬉泉は、障がい者の人格と自主性を尊重した「療育」、本人や家族の立場を大切にした「相談」、子どもの育つ力を信じ、保護者の心を大切に考えて行う「保育」という3つのテーマを中心に事業を行う社会福祉法人である。主な事業所としては、子どもの生活研究所、嬉泉福祉交流センター袖ケ浦、板橋区立赤塚福祉園があり、障がいのある未就学児の療育・発達支援から、成人後の就労支援・地域生活支援に至るまで、一貫した支援活動を展開している。

板橋区立赤塚福祉園は、そんな法人の中で「ワークセンターはばたき」という就労継続支援B型事業を運営している(東京都板橋区からの指定管理施設)。作業内容としては、各種受注作業(封入・封緘、梱包作業、製品の加工・組立等)、ラスク製造販売、スワンタッチの販売、機械部品解体、企業内作業(青果市場への出向)となっている。受注作業、自主製品販売のどちらの分野においても企業との連携に優れ、公立施設とは思えないダイナミックな営業展開を図っているのが特徴である。

さまざまな仕事に励む明るく元気な利用者たち

事業所内を見学すると、利用者たちが受注作業を楽しそうに行っている様子に目を引かれた。仕事の種類は、非常に多種多様だ。チラシの封入封緘、紙箱の組立、レコードジャケットの組立、サンプル商品のセット、ゴルフティーの検品・袋詰め、ペットフードのサンプル制作、ネイルアート用ラメの充填・商品づくり、等々。見ているだけで楽しくなるような商材が現場にはあふれていて、利用者たちはそれぞれのセット作業に没頭している。

板橋区立赤塚福祉園ワークセンターはばたき(以下、赤塚福祉園)のサービス管理責任者・斉藤敦子さん(61歳)は、仕事内容について次のように説明する。

「取引先は、大手の企業から地域の企業まで幅広く、一言では説明しきれないほどバラエティあふれる仕事を、途切れることなく発注していただいています」

受注作業とはいっても、ここで請け負っている作業の量(対応可能数)は桁違いに多い。赤塚福祉園ワークセンターはばたきのパンフレットによると、パンフレットやハガキなどの封入封緘が1日3,000セット、袋詰め・箱詰め・梱包が1日3,000個、DM宛名やシール貼りが1日5,000枚、製品の加工・組立が1日1,000個となっている。

「私たちは、依頼された仕事は安易に断らないという考え方が基本です。お客さまから相談が寄せられたら、よほど採算が合わない仕事でない限り、どうやったらできるかという精神で対応するようにしています」と、斉藤さん。どんな大変な仕事であっても、職員が率先して前向きに取り組めば利用者たちのモチベーションも上がっていく。とにかく仕事を楽しもうという考え方が、全員に徹底されているのだ。

「もちろん私たちの力だけでは対応不可能な量の仕事が入るときもあります。そんな時は、近隣施設の力を借りることもありますね。一施設だけでは処理できる数に限界があっても、複数の施設で対応すればパワーは何倍にもなりますから。せっかくたくさん仕事をいただけるのに、『福祉施設だから、できません』とは言いたくないじゃないですか」

こうした対応能力が企業からの信頼を呼び、受注量を拡大させてきた。そしてもう一つ、絶対的に自信をもつのが作業精度の高さである。たとえばチラシ類をビニール袋に5枚封入する作業が、10,000セットあったと仮定する。それだけ大量の仕事であっても、ほとんど間違いはないという。なぜなら、必ず納品前に全品検査することを基本としているからだ。0.1gまで測定できる業務用計量器を複数台導入しているため、チラシを一枚多く入れたりする単純ミスを検査段階で発見することができる。

たくさん仕事を受け入れてくれて、ミスがない。なおかつ、納期は必ず守ってくれる。非常に単純なことだが、発注者側にとって受注作業ではもっとも重要なポイントだ。株式会社帆風などは、毎年年初に開催されるパートナーズ感謝祭に、取引企業の一つ(日本を代表する上場企業が多い)として赤塚福祉園を招待するほど高く評価してくれている。

地元の金型職人さんが開発したアイデア商品「スワンタッチ」

赤塚福祉園では、スワンタッチという商品の販売も行っている。これは、薄いプラスチックで出来た白鳥型のしおりである。スワンタッチを本の最後のページにセットし、白鳥の頭の部分を読み始めのページに挟んでおくと、めくるたびにくちばしが自動的に次のページに移っていく。つまり読書する上でしおりを挟み変えなくてすむように考案された画期的な商品なのだ。

スワンタッチを製作しているのは、タカハシ金型サービスの社長で近隣に住む金型職人の高橋健司さん。この道50年というベテランで、自ら開発してすでに特許も取得済みである(板橋区技術大賞も受賞)。発売後、全国のロフトや東急ハンズなどでも取り扱われる大ヒット商品となり、赤塚福祉園ではそのセット作業の仕事を高橋さんから受注していた。さらに2008年からは、スワンタッチそのものを販売できる権利を与えてもらったのだという。斉藤さんは、その経緯を説明する。

「全国で人気沸騰の商品のセット作業だけでもとても有難い話なのですが、当時の赤塚福祉園の平均工賃はまだ数千円台だったので、工賃を大幅にアップさせるために直接スワンタッチを販売してみたらどうだと高橋さんが提案してくれたのです。特許製品であるスワンタッチは、それまで高橋さんの会社が独占的に販売する製品でした。その販売権を特別に認めていただき、赤塚福祉園におけるスワンタッチ販売事業がスタートしたのです」

さっそく職員や利用者たちは、全員でアイデアを絞って販売先を開拓していった。近隣の文房具店や書店に置いてもらうだけでなく、イベント用の記念グッズとしても積極的に売り込んだのだ。一個162円(税込)と比較的安価である上、本体や台紙にも企業名・個人名などを気軽に印刷できるために、さまざまな企業・団体から問合せが相次いでいる。

メディアへの露出も数多い。なにしろ、これだけのヒット商品を、近隣の金型職人と障がい者施設がタッグを組んで販売しているという話題である。マスメディアが放っておくわけがない。

「区の広報にスワンタッチを取り上げてもらったことがあったのですが、それをきっかけとして新聞社、テレビ局、…と続々、取材が相次ぎました。おかげさまで営業に行っても、スワンタッチのことはたいていの方が知っていると言っていただけるようになりましたね」

と、斉藤さん。これからはブライダル産業にも打って出ようと、とりあえずは関係者の結婚式の記念品(出席者に配布する粗品)をいくつか手がけてみたという。実績を積んだ後、将来はブライダル会社とも提携してみたいと夢は膨らんでいる。

手ごねのパンから作るラスクは、地元の名物品に

赤塚福祉園のもう一つの売り物は、ラスクの製造販売だ。作業としては最も新しく、東日本大震災以降の不況を乗り越えるために生み出したオリジナル自主製品である。斉藤さんによると、このラスクにもスワンタッチ同様の誕生秘話があるらしい。

「ラスクの製造は、池袋のGRIPという人気レストランのシェフに指導していただきました。グルメ雑誌でもたびたび紹介される超人気店ですが、たまたま縁あって、わざわざ私たちの施設に来て作り方を直接指導していただいたのです。その時に店長の金子さんに厳しく言われたのが、徹底した手づくりへのこだわりと商品ストーリーの大切さ。たとえ福祉施設の商品であっても、これがなければお客さんは見向きもしないということでした」

そこで提案されたのが、「パンから作る手作りラスク」だった。既存のパンを使うのではなく、わざわざラスクのために専用のパンを焼き上げ、ラスクに加工する。しかも機械を使わず、完全手ごねのパン。このこだわりが、ラスクならではのカリッとした食感を生み出すことになる。パンをこねるのはパワーが自慢の利用者たちが担当する。まるで職人のような風貌で毎日小麦粉と格闘している風景は、すっかり赤塚福祉園の名物となった。

「完成したラスクは、とても美味しいと大評判なんです。地域の喫茶店や売店などで置かせてもらっていますし、パチンコ屋さんの景品としても採用されています。昨年12月からは、地域のコンビニ「ポプラ」にも置かせていただくようになりました。ラスクを作るために、わざわざ小麦をこねてパンを作っているというストーリーにはみなさん驚かれます。これが金子さんのおっしゃっていた、大切な商品コンセプトなのですね」と、斉藤さん。

さらにこの商品は、地元・下赤塚の名物として売り出そうという計画も進行中なのだとか。赤塚大仏サブレ以外にも、これだけ美味しいラスクを売り出さない手はない。そう考える町興しのスタッフたちの目にとまり、パッケージなどをリニューアルしてさらに売りやすい商品にグレードアップしようと考えているのだ。また、同じ法人の袖ケ浦ひかりの学園で作っている「のびろパン」を使用したラスクも商品化し、ハウステンボスのイベントに採用されるなど評判を呼んでいる。

リサイクル作業にも治具を開発。多くの利用者が参加できる施設に

赤塚福祉園のモットーは、「明るく 元気に 楽しく」である。どんなに重度の障がいがあっても、仕事を人に合わせるのではなくて、「人に仕事を合わせる」ことで楽しく仕事ができる環境を作り上げてきた。小池朗施設長(52歳)は語る。

「40人の利用者みんなが、何らかの形で参加できる仕事を見つけてくるのが職員の大切な役割だと思っています。仕事の種類は、たくさんあればあったほどいい。『ここに来ればやるべきことがある、自分の好きな仕事がある』というわかりやすい状況をつくり出せば、利用者たちの仕事への意欲は自然と高まっていくのです。ここ数年、仕事が増えることで成長してきた彼らの姿には本当に驚かされますからね」

赤塚福祉園のリサイクル作業の現場を覗くと、小池施設長の言う「人に仕事を合わせる」ことの基本が理解しやすいかもしれない。ここでは、企業から提供してもらった廃棄部品を解体し、素材ごとに分別するという作業を行っている。代表的な仕事は、電線などの「被膜剥がし」だ。そのままでは処理も難しい粗大ゴミの古い電線も、丁寧にビニールを剥がし、中の銅線だけをきれいに巻き取っていくと貴重な資源になる。非常に高い作業能力を必要とする仕事のはずだが、赤塚福祉園では利用者ごとに開発したオリジナル治具によって、取り組みの難しい利用者でも興味をもって作業に参加できるような工夫を加えている。治具を開発するのは、主任の竹田富義さんだ。

「治具といっても、元となる機械は古い扇風機とかミシンなのですよ(笑)。ボタンを押すだけで、回転するモーターが銅線を簡単に巻き取ることができるようにアレンジしました。くるくると勝手に巻き取ってくれるので、飽きずに作業が行えます。リサイクルの仕事は、多少ミスしてもかまいませんし、たとえ部品を壊してしまっても問題にはなりません。環境さえ整えてあげれば、彼らにはとても向いた仕事になるのですよ」

「人に合わせた環境作り」が徹底されているからこそ、どんなに忙しくてもみんなが楽しそうに作業に没頭できるのだろう。それが仕事へのやり甲斐につながり、高い工賃の実現へと可能性が広がっていく。利用者たちがいきいきと働く現場を広げていくために、赤塚福祉園はこれからも企業や地域の人たちとの連携を密にして積極的な事業展開を図っていく予定だ。

(文・写真:戸原一男/Kプランニング

社会福祉法人嬉泉(東京都世田谷区)
http://www.kisenfukushi.com

※この記事にある事業所名、役職・氏名等の内容は、公開当時(2017年02月01日)のものです。予めご了承ください。