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社会福祉法人ユーアイ村(茨城県水戸市)

公開日:

ユーアイ村の概要

ユーイ村は、ユーアイキッチン(就労移行支援事業・就労継続支援B型事業)、ユーアイファクトリー(生活介護事業)、ユーアイホーム(共同生活援助事業)、ユーアイサポート(障がい者相談支援事業所)、などの障がい者支援事業を運営する社会福祉法人である。この他にも、ユーアイの家(特別養護老人ホーム)、ユーアイほいくえん等を運営する。

ユニークなのは、ユーアイデザイン(はたらく仕組みデザイン)という公益事業の存在だろう。ケアの対象者や福祉関連で働く支援者たちが、生活や仕事をしやすい環境づくりのアイデアを提供する企画開発部門だ。法人内の施設の各種プランニング(障がい者アート支援・障がい者施設の商品化支援・各施設の広報活動支援等)はもちろんのこと、近隣の就労継続支援A型事業所からも業務改善のコンサルを依頼される等の実績をもっている。

こうしたソフト面の充実に力を注ぐ運営手法が、就労支援事業所であるユーアイキッチンの事業にもプラス効果をもたらしている。弁当の製造販売を主力とする事業展開で、B型事業所としては県内トップの高い月額平均工賃(約45,000円)を維持し続けているのだ。タスカルカードの導入によって現場作業の大幅改善を実現するなど、利用者が働きやすい環境づくりにも非常に力を入れている。

毎日大忙しのユーアイキッチンの弁当事業

ユーアイキッチンの弁当事業の年間売上は、約4,900万円(平成27年度実績)である。毎日平均約300個(イベント等の特注は除く)の弁当を製造し、茨城県総合福祉会館や、水戸市役所、茨城県庁、ハローワーク等の官公庁を中心にして、近隣企業等にも配達している。できるだけ旬の地元食材を使い、できあいの冷凍食品は使わずにすべての食材を手作りするのが最大のウリだ。管理栄養士が考えたヘルシーでバランスのとれた献立に従って用意される、100種類以上の豊富な献立から作られる6種類の日替わり弁当。そんな手作り感満載の弁当の味がお客様から評価されて、多くの固定ファンを獲得してきた。舟木佳子施設長は、次のように説明する。

「朝10時までにお電話いただければ、定期配達ルートを中心にしてお昼までに配達するという注文販売が基本です。(ユーアイキッチンが入居している)茨城県総合福祉会館は多くの研修会が開催される場所でもありますから、会議があるときには大量の特別注文が入ることもしばしばですね。また、ユーアイキッチン店頭や茨城県庁2階にある福祉ショップまごころでは、ご来店いただければ予約なしで直接購入できるようにもなっています」

茨城県庁では、注文販売だけではなくワゴン販売も行っている。29階の高層ビル内の何十か所にも及ぶ県庁の全フロアを対象として、スタッフが専用ワゴンに弁当を載せて販売しているのである。

「電話注文してくださった方への配達作業もありますが、ワゴン販売でもたくさん売れるのですよ。さまざまなお弁当を、実際に確かめて選びたいというお客様が多いのだと思います。販売スタッフは、職員一人と利用者一人のチーム制。ユーアイキッチンで働く利用者たちにとって、販売に行くのは花形の仕事です。接客能力やおつりの計算能力など、販売員としての高度なスキルが求められるため、時間が空くとみんな一生懸命、計算の勉強をしているのですよ」と、舟木さんは嬉しそうに笑う。

これが、茨城県庁内でのお弁当販売風景だ!

取材当日、さっそく茨城県庁内でのワゴン販売に同行してみた。配達ならともかく、役所のフロアに弁当をワゴンで「引き売り」する姿というのは見たことがない。スタート地点は、県庁の二階にある福祉ショップまごころだ。ユーアイキッチンから配送された弁当が、すべてここに集められている。そして3つのチームはワゴンに各種弁当を載せ、エレベーターで担当部署まで運んでいくのである。入り口に着くと、利用者が大きな声で叫ぶ。

「お弁当の販売にやって来ました! 美味しい手作り弁当は、いかがですか?」──役所のフロア入り口で突然響き渡る、フシギな弁当売りの声。しかし県庁の人たちは、当たり前のように続々と集まって来る。

「今日のまごころ弁当のメニューは何?」「鮭フライと牛煮です」「一品料理は?」「冷やし担々麺です」……。

お客さんからの質問にも、利用者たちは滞りなくてきぱきと答えていく。販売に来る前に、すでに今日のメニュー構成は完璧に覚えているのだ。釣り銭の受け渡しも、まったく問題なし。部署によってはワゴンの前に何人もの列ができるほど忙しくなるのだが、焦ることなく対応していく。その姿はすっかりベテラン販売員そのものであった。

注文販売だけでなく、このように弁当をワゴンで販売する手法は危険性を伴うのも事実だろう。その日の天候、気温、曜日、相手先のスケジュールによって、販売状況がまったく変わってくるからだ。そこで大切になるのが、販売スタッフ自身による数値予測だという。今日は自分の担当先のお客様たちがどんな状況で、どんなお弁当が何個くらい売れそうかを考えていくのである。

もちろん、それはあくまで予測にすぎない。実際に販売に出ていくと、予想外に売れてしまったり、その逆もあり得るだろう。そのため常に本部と連絡を取り合って、お互いの売れ行き状況を確認している。この日は金曜日ということもあり、思ったほど県庁での販売が芳しくないようだ。しかし、問題はないらしい。今日は茨城県総合福祉会館で多数の研修会が開催されているため、ユーアイキッチン店頭での販売分が不足しそうだとの情報が入った。早めに持ち帰れば、残りはすべて捌くことができそうだ……。

こうした臨機応変の販売活動の積み重ねが、現在のユーアイキッチンの弁当事業を支えている。毎朝5時半から仕込みがスタートし、6時からの早出出勤で調理場の補佐をする利用者も数名いる。8時半からは弁当詰めのピークを迎え、出荷準備をすると、息つく間もなく何チームにも分かれて配達・販売先へと向かっていく。こんな慌ただしい毎日が続くなか、みんなが楽しそうに仕事に励む姿が印象的だった。この和やかな職場ムードを生み出しているのは、2年前に導入したタスカルカードという業務共有システムなのだという。

利用者たちが楽しく働ける職場を作りたい

今でこそスタッフ全員の意識が同調した素晴らしい職場となっているユーアイキッチンだが、以前はもっと殺伐としたムードが流れていた状況だったらしい。藤澤利枝理事長(当時は事務局長)は、次のように振り返る。

「私がユーアイキッチンの施設長を兼務することになったときのことでした。お弁当事業の売上は好調で、工賃も県内のトップレベルを誇っていました。しかしそのわりに、思ったほど利益が出ていません。お客様のニーズに合わせてお弁当の種類を増やしていった結果、作業手順がどんどん複雑化していって、現場は疲弊していたのです」

作業を手伝おうとした藤澤さんですら、あまりに複雑な手順についていけなかったほどだった。ましてや、多くの利用者たちがまともに働けるはずがない。仕事が上手く飲み込めない利用者には、厳しい声で対応してしまうことも常態化していた。きつく言われると彼らは自信を失い、仕事への意欲も低下してしまう。まさに負のループ。現場の深刻な状況に気付いた藤澤さんは、さっそく改革を決意する。

「テーマは、利用者たちが楽しく働ける職場を作ることでした。『高い工賃、働く喜び』を運営理念としてきた私たちが、売上を上げることにこだわるあまり、働く喜びとはまったくかけ離れた職場環境を作り出していたのですから、本末転倒です。できないことをしかる職場ではなくて、『わかる』職場を作ろう。わかりやすくすれば、きっとみんな仕事ができるようになる。仕事ができたら、褒めるような職場。そんな職場だったら、みんなが楽しく働けるはず。それが本来、利用者のために私たちがやるべきことだと気付いたのです」

理想の職場作りを生み出した、タスカルカード

そこで考え出されたのが、タスカルカードだった。問題の根本は、情報を共有できていなかったことにある。複雑な仕事も、一つひとつを分解し、作業内容と順番と総量がわかるようにできれば、自分で管理して自発的に仕事ができる職場環境が生まれるのではないか。そのためには、仕事内容全般をカード化し、可視化してみよう。カードにはすべてわかりやすいようにイラストを付け、自分が1日にやるべき仕事が、カードを並べることによって把握できるような仕組みにしたのである。藤澤さんは説明する。

「タスカルカードとは、タスク(仕事)がわかるカードという意味です。知り合いのデザイナーの平井夏樹さんが、私たちの悩みを聞いた上で開発してくれました。ユーアイキッチンのすべてのタスクが誰にでもわかるように分節化されていて、それをホワイトボード上に並べることでスタッフ全員が1日の仕事を把握できます。利用者一人ひとりは、自分のタスクを上から順番になぞっていけばいい。一つのタスクが終わると、カードのヨコに赤磁石を置くのがルール。そして次のタスクに向かっていく……。利用者たちから、『次に何をすれば良いですか?』という質問は少なくなくなり、それぞれが自主的に動けるようになったのです」

このシステム導入により、変わったのは利用者だけではなかった。支援に対する職員の姿勢も変わってきた。利用者たちのあらゆる動きを見て、頑張ったときには褒めてあげる。できないことを叱るのではなく、できたことを褒めるような支援をしていこう。藤澤さんが理想とするそんな考えを、仕組みをつくることで職員たちが自然と実践できるような職場に変化していったのだ。現在のユーアイキッチンの楽しそうな雰囲気は、職員と利用者のこうした関係から生み出されている。

タスカルカードで、仕事の評価も可視化した

タスカルカードの導入によって、仕事に対する評価もわかりやすく表現できるようになった。利用者たちが一つのタスクを見事に果たした場合には、職員が「頑張ったね!」と言う意味のゴールドお花をつけるようにしたのである。

「無駄話をまったくしなかった」「途中で仕事を投げ出さずに、最後までやり遂げた」……等々、「頑張った」の評価レベルはさまざまだ。でもその人なりに一生懸命仕事をした結果を、きちんと目に見える形で評価してあげる。それをわかりやすく伝える手法が、ゴールドお花なのである。

「花をつけてもらった利用者たちは、職員が自分のことをちゃんと見てくれているのだと励みになります。ちょっとしたことでも褒めてあげれば、次の仕事を頑張ろうと思ってくれるのですよ。もちろん、花がつかない場合には利用者から『どうして今日はつかないの?』と、聞いてきます。ここで職員がしっかりとその人の課題を伝えられることが大切ですね。タスカルカードの導入によって、職員と利用者のコミュニケーションはとても活発になりました」と、藤澤さん。

もらったゴールドお花は、仕事の終了時に自分の名前の透明の瓶に詰めていく。瓶の中の花の数が、そのまま仕事を頑張っていることの証明だ。月末には、貯まったお花を数えるイベントも用意されている。一番多かった人には、立派なトロフィーが授与され、ホワイトボードにも「○月のNo.1」という王冠マークが付くことになる。このように利用者の評価が、年間を通じて見えるようになっているのだ。

業務改善ツールの開発で、働きやすい職場を

タスカルカードのシステム詳細については、みずほ財団の助成によって作成した「タスカルカード ─皆が笑顔で働ける仕組み─」という冊子に詳しく解説されている。(現在、PDF版がユーアイ村のホームページからダウンロードすることが可能)

藤澤さんは、タスカルカードの考え方を弁当事業だけでなく、ユーアイキッチンの清掃チーム(はなまるカード)や、ユーアイの家デイサービスの職員(80名を超える登録利用者の情報共有カード)、さらには近隣の就労継続支援A型事業所(業務改善のコンサルティングを受託)にも広げる等の活動を進めている。めざすのは、職員への依存をなくし、利用者たちが自分たちの力で働けるような職場づくりである。そのためには、どんな仕組みを作れば良いのだろうか。ユーアイデザインという組織を活用し、つねにそんなことを考えている。

タスカルカードの導入から、3年が経ちました。職場の雰囲気は明らかに変わりましたし、生産効率が上がり、売上もアップしています。でも、就労支援の方法は、まだまだ発展途上だと思うのです。福祉施設における支援者の役割について、これからも私たちは試行錯誤を繰り返していくつもりです」

と、藤澤さん。障がい者のための理想の職場づくりをめざして、ユーアイキッチンの挑戦は終わることがない。

(文・写真:戸原一男/Kプランニング

社会福祉法人ユーアイ村(茨城県水戸市)
http://www.you-i-mura.com

※この記事にある事業所名、役職・氏名等の内容は、公開当時(2016年07月01日)のものです。予めご了承ください。