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社会福祉法人わかば会(島根県美郷町)

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わかば会の概要

わかば会は、邑智おおち園(施設入所支援・就労移行支援事業・就労継続B型事業・生活介護事業)、川本ワークス(就労移行支援事業・就労継続B型事業)を経営する社会福祉法人である。この他にも、サポートハウスわかば(グループホーム)、サポートセンターおおち(相談支援事業所)、あおぞら・ひまわり(地域活動支援センター)なども運営し、障がい者の「はたらく・くらす」をサポートする。

法人の中で最も歴史が古いのは、邑智園である。施設が建っているのは、島根県中央付近に位置する美郷町の山間部。近くには世界遺産にも登録された石見銀山がある。施設を訪れるためには、普通自動車でも対向車とすれ違うことかできないほど細い道を数キロにもわたって走らなければならない。町営の巡回バスが一日数本あるものの大型バスなどの通行はできない。まさに人里離れた静かな地で、さまざまな事業が展開されているのである。

主力となるのは、県西部唯一の印刷事業

邑智園の主力となるのは、印刷事業だ。その歴史は古く、昭和55年の開所時からずっと現在まで続いているのだという。寺本賢司施設長(59歳)は、次のように説明する。

「これまでさまざまな作業に取り組んできましたが、印刷は当初から続く数少ない職種ですね。こんなに地の利が悪いところで印刷事業というのも不思議かもしれませんが、だからこそ希少価値があるのです。美郷町だけでなく、隣の川本町でも、同業社はひとつもありません。また島根県の県西部においても、障がい者の事業所として本格的な印刷事業に取り組んでいるのは私たちだけ。官公庁からの印刷需要に対しては、一手に引き受けられるというメリットもありますね」

印刷現場を拝見させてもらうと、オフセット印刷機だけでなく、最先端のカラーオンデマンド印刷機なども整備されている。名刺や封筒、会報などの冊子だけでなく、内部では加工できない大量ロットの商業印刷物の受注も積極的に行っているとのことだった。

「地域で発注される印刷物の中にも、観光マップやポスターなどの本格的な印刷物はたくさんあります。内部で印刷できない案件だったとしても、都市部の印刷会社と提携することで、あらゆるものに対応することができるのです。細かい案件に関しては、逆に仕事をまわしていただくことも多いです。このように、市内の印刷業者とはギブアンドテイクの関係が築けていると思います」

以前だったら地の利の悪さが、円滑に仕事をすすめるための弊害になっていたはずだ。しかし最近ではほとんどの作業がデータでのやりとりのため、あまり気にならなくなっている。そもそも何万部の冊子やポスターなど、それを印刷するための用紙を大型トラックで運び入れることができない。企業との連携は、邑智園における印刷事業にとって必要不可欠なシステムなのだ。

さまざまな仕事を取り入れてきた邑智園

邑智園では、印刷以外のさまざまな作業にも取り組んでいる。具体的には、軍手製造、割り箸袋詰め、縫製作業(薬カレンダー・防水シーツ・T字帯)、農作業(お茶・出荷野菜・菌床椎茸)、紙袋制作、ウエス作業(クリーンクロス)などである。

「こんな田舎の施設ですから、やれることは何でも取り組むという考え方で昔からすすめてきました。あまりにいろんなことをやり過ぎて、お客さんからは『どんな仕事でもやってくれる施設』と思われているようですよ(笑)。石見銀山の豊かな暮らしを提案するアパレルブランド『群言堂』さんからは、無地の紙袋に手で裂いた紙を袋に貼り付けるというオリジナル袋制作の仕事をいただいています。一枚として同じモノはない希少品として、大変話題になっているようですよ※①」と、寺本さん。

邑智園最大のヒット商品といえば、なんといっても薬カレンダーだろう。病院から処方された薬を毎日飲み続けなくてはいけないお年寄りにとって、忘れずに朝昼晩の薬を分別するのは大変な作業である。そこで壁にカレンダー状の小物入れをかけ、「これに薬を入れておけば安心」というアイデア商品なのだ。大サイズ(朝・昼・夕・寝る前)と小サイズ(朝・昼・夕)の2種類がある。薬カレンダー自体は他社でも発売されているのだが、値段が900円と800円と非常にお手頃ということもあり、発売と同時に大人気。地域の病院内の売店や、生協での取り扱いもスタートし、製造現場はてんてこ舞いとなってしまった。

「地域の新聞にも薬カレンダーが売れているという記事が出るなど、話題になるのはうれしいのですが、なにしろ製作できる利用者はたったの一人だけ。ビニール生地をミシンで丁寧に縫製するという作業なので、誰でもできる仕事ではないのです」

その他にも、10台もの軍手製造機が24時間稼働し続ける軍手作業や、独自ルートで仕入れた不織布を縫い合わせて作るオリジナルウエス「クリーンクロス」製造等、工夫を凝らしたさまざまな作業が展開されている。

地域により根ざした新しい事業体へ

邑智園の新しい取り組みが、地域に合わせた事業の創造だ。町の中心部に出るだけでも大変な地にあるため、新しい利用者を施設に集めるというのは至難の業である。そのため働く場を町の中心部に分散させて、利用者たちが働きやすい環境を生み出していこうと寺本施設長は考えている。その一つが、現在地域活動支援センターあおぞら内で暫定的にすすめている創作館だ。PPバンドを使ったカゴやバッグ、子ども用の神楽グッズ製造等をおこなっている。

「ここは石見地方に属するため、非常に神楽が盛んなのです。一年中、お囃子の音が鳴り響いていて、子どもたちも踊るのがみんな大好きです。そこで女性の職員たちがアイデアを出し合って、神楽グッズをつくることになりました。ミニお面で作ったキーフォルダーや、子ども用の神楽三点セット(お面・鬼棒・剣など)の他、神楽用の衣装も製作しているのですよ。子どもたちが気軽に楽しめるようにリーズナブルな価格で提供しているので、地域のお母さんたちからとても好評です」と、寺本さんは語る。

川本ワークスでも、川本町の名物として人気沸騰中の「荏胡麻」を使ったごま煎餅を開発するなど、地域と連携した事業づくりは法人としても今後ますます積極的に取り組んでいく方向であるという。最後に寺本さんに今後の課題について伺ってみた。

「現在の邑智園は地の利を活かし、農作業を中心に展開していこうと考えています。緑に囲まれた自然の中の暮らしの場と、町の中心で通って来やすい働きの場。この二つを整備することが、次なる課題になるのではないでしょうか」

邑智園のさまざまな取り組みは、地方の施設における障がい者の「はたらく・くらす」を実現するためには何が必要かをあらためて教えてくれる。今後の発展を期待したいと思う。

(文・写真:戸原一男/Kプランニング

社会福祉法人わかば会(島根県美郷町)
http://shimane-wakaba.jp

※① 群言堂の紙袋(「石見銀山生活研究所」サイトより)
「石見銀山生活研究所」サイトリンク

※この記事にある事業所名、役職・氏名等の内容は、公開当時(2017年04月01日)のものです。予めご了承ください。