Reportage
SELP訪問ルポ
社会福祉法人視覚障害者支援総合センター(東京都杉並区)
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視覚障害者支援総合センターの概要
視覚障害者支援総合センター(以下、「支援センター」)は、視覚障害に関わるさまざまな情報提供を目的として設立された社会福祉法人である。現在、月刊『視覚障害』の発行や「チャレンジ賞・サフラン賞」の制定(職業自立している若い男女視覚障害者の中から、視覚障害の文化の向上と福祉増進に寄与している人を表彰する)、点訳者養成講座の開催と点字教育の実施、盲大学生の支援、点字図書の発行、視覚障害音楽家の社会参加促進事業、啓発活字図書の編集・発行、点字教科書の制作・発行・広報誌などの受託、就労継続支援B型事業所「チャレンジ」の運営、等の活動をおこなっている。
支援センターが発行するさまざまな点字印刷物の製作を、視覚障害者の就労事業とするために生まれたのが「チャレンジ」という事業所である。現在16名の障害者が働いており、平均工賃は約25,000円。作業の中心は、全国の視覚障害特別支援学校の点字教科書、各種国家試験の点字版問題集・テキスト等の作成だ。杉並区報の点訳版などの仕事にもたずさわっている他、自主製品として点図カレンダーや点図しおりの製作販売もおこなっている。
勉学を志す視覚障害者にとって必須の点字印刷物
点字印刷物が視覚障害者にとって大切な情報ツールであることは周知の事実だが、最近では点字を認識できる人たちが減少傾向にあることも事実らしい。点字を学ぶこと自体がとても難しい上、パソコンの「画面読み上げソフト」が進歩したため、点字を学ぶ必要性はますます薄れつつあるのだ(とくに中途視覚障害者の場合)。厚生労働省の調査でも、視覚障害者の点字認識率は12.7%であることが報告されている(平成18年度身体障害児・者実態調査)。
しかし真剣に勉学を志す視覚障害者にとって、点字印刷物の重要性は衰えることがない。自身も生まれながらの視覚障害者である「チャレンジ」の飯田三つ男施設長(58歳)は、言う。
「私が若い時には、視覚障害者で大学をめざすという学生は本当にわずかでした。1万人に1人か2人という割合だったのではないでしょうか? 今では、当時とは比較にならないほど進学率が上がっています。それなのに点字の教科書や参考書がない状況は、ほとんど変わりません。いくら音声読み上げソフトが発達しても、本気で学問を学ぼうとしたり、試験勉強に備えたりするにはやはり手で言葉をかみしめる点字が不可欠なのですね」
飯田施設長も学生のころ、点字の教科書を入手するのに苦労したのだそうだ。当時はボランティアの人たちに点訳を頼むしか、方策はなかった。そんな苦労があったからこそ、良質のたくさんの点訳書を用意することで全国の視覚障害者(後輩たち)の学習サポートをしていきたいのだという。
「制作にかかわっている点字本は、一般書よりも教科書や専門書、国家試験のためのテキストや問題集が中心です。こうした専門書の点訳は内容に加えて図版も多いですから、本当に難しいのです。量的にも膨大なものになりますしね。幸い、支援センターには点字歴60年という超ベテラン製版士がいるので、どんな図版でも見事に点字化(点図化)してしまうという技術を持っています。彼の手にかかると、世界地図帳とか日本全国鉄道マップもわかりやすい点図に変換することが可能です。最近では点字制作の現場にもパソコン導入は進んでいますが、亜鉛版に点字を打ち込むという職人技もまだまだ必要とされているのです」
教科書、参考書、問題集から地図帳まで
「チャレンジ」で製作しているという点字出版物の出版目録を見てみよう。『社会福祉士養成講座シリーズ』『介護支援専門員基本テキスト』『精神保健福祉士養成セミナー』等の専門テキストから、『国家公務員採用試験本試験問題例集』『地方上級・中級公務員試験合格情報 過去1年間の復元問題と解説』などの問題集、『インターネット「超」活用法』や『初めての人によくわかるパソコン』等のパソコン関連本に至るまで、数百種類の書名が並んでいる。
現在の著作権法37条1項では「著作物を点字で複製することは、著作権者の許諾なしに、誰もが自由に行える」ことが規定されている。つまり市販されている書籍の中で視覚障害者からのニーズが強いものを自由に選択し、点字出版できるわけである。(正式には、日本盲人社会福祉施設協議会・出版部への登録申請が必要)単純に考えると、売れ筋のベストセラー本を中心にした方がいいような気もする。しかし、飯田施設長は言う。
「一般書に関しては、あえて私たちが点字にする必要性がないと思うのですね。最近では朗読が聞けるオーディオブックも簡単に入手できるし、晴眼者に読んでもらってもいい。それよりやはり専門テキストや問題集こそが、視覚障害者にもっとも求められている点字出版物だと思うのです。分厚い点字本の単価は平均して10,000円〜40,000円になってしまいますが、現在は一般書籍の代金だけを支払えば点字テキストを買えるようという価格差保障制度(※1)も整っています。この制度のおかげで、全部揃えれば100万円くらいしてしまう社会福祉士等の点字版テキストも、特別な経済的負担を感じないで購入することができるのです」
あらゆる書籍を自由に点字化できるといっても、少ない点字人口に向けたビジネスには自ずと限界もあるだろう。しかしせっかく先輩たちが苦労して制度化に結びつけた視覚障害者の権利である。「支援センター」「チャレンジ」の出版活動には、そうした彼らの「知る権利」をできるだけ真摯な勉学に向けてもらいたいという願いが込められている気がする。
※(1)価格差保障制度
点字の本が活字の本の市販価格で購入できる制度。1992年に視覚障害者及び点字出版関係者の長年の要望によって実現した。2006年障害者自立支援法によって、現在では地方自治体独自の制度として引き続き継続されている。但し、自治体間での格差がある。
点字普及のために製作した点字カレンダー
ところで「チャレンジ」では、2005年からまったく新しい自主製品事業をスタートさせた。オリジナル点図カレンダーの企画販売である。高橋和哉支援員(45歳)は、この事業の狙いについて次のように語っている。
「点字カレンダー事業の最大の目的は、点字の普及活動です。点字人口がどんどん減少する中、もっと多くの人に点字に親しんでもらおうと考えたわけです。点字カレンダーというと一般的には視覚障害者用と考えがちですが、基本的には晴眼者向けの商品です。多くの視覚障害者は、わざわざカレンダーで確認しなくても頭の中で曜日と日にちの関係は把握できていますからね。むしろこの商品によって、晴眼者に点字の美しさをアピールしたいと思いました」
そのため、点字カレンダーにありがちな地味なイメージを廃し、誰が見てもオシャレだと感じるようなデザインとした。具体的には、古代エジプトの象形文字ヒエログリフ、「水と東京」をテーマにした各種図案、占いでお馴染みの12星座、イスラム美術の一様式「アラベスク」等々…。毎年カレンダーのテーマを換え、月々の図柄は晴眼者にも視覚障害者にも、十分楽しめるスタイルを採用している。まさに、ユニバーサルデザインのカレンダーだ。
基本的には晴眼者向けの商品であるといいつつも、視覚障害者が十分楽しめる工夫を随所に散りばめているのも「チャレンジ」ならではのこだわりだろう。たとえば2005年のエジプト古代文字の場合だと、1ヶ月ごとに1文字の基本のアルファベットを紹介し、最後(12月)のページに書かれた「エジプト」という古代文字を独力で読み解いてもらう趣向になっている。月ごとの図案の詳細説明を裏ページに点字で記すようになっているのも、少しでもデザインを楽しんでもらおうという意図の表れだ。
カレンダーは毎年5,000部製作し、毎年すべて完売している。販売先は点字グループのメンバー達を中心にして、ネットによる口コミユーザーなど、実に多種多様。都内のホテルからの大量発注もあるらしい。港区芝公園に位置し、「ひとまわりスケールの大きいリラクゼーション空間」を謳い文句としているセレスティンホテルである。ユニバーサルデザインによる点字カレンダーという趣旨や見た目の美しさが「ホテルイメージとピッタリ」であることが評価され、初年度から毎年1,500部の発注が続いている。カレンダーはホテルの全客室に設置されるだけでなく、顧客への新年の挨拶としても活用されているとのことだ。
評価は顧客からだけに留まらない。さまざまなカレンダーデザインコンテストに応募し、各種の受賞歴を誇っているのだ。具体的には、2005年度第56回全国カレンダー展「審査委員会奨励賞」、2011年第62回全国カレンダー展「全国中小企業団体中央会・会長賞」、国際カレンダー展・銅賞、等々。ともすれば地味に思われがちな点字カレンダーという商品を、ここまで高いレベルに引き上げている企画&デザイン力には脱帽するしかない。もっと多くの人たちに知ってもらいたい、素晴らしい福祉施設商品である。
「点字」を使い、視覚障害者に向けたさらなる情報提供を
高橋さんはいま、点字カレンダーに続いて新しい「チャレンジ」の事業を模索中であるという。
「点字図書による情報提供というのがこれまで私たちの中心的活動でしたが、これからはネットを活用した情報提供事業を考えています。たとえば、交通に関する情報ですね。最近、駅のホームには改良された点字ブロックの設置が相次いでいることをご存じですか? どちら側に電車が来るのかを認識できるような内方線を付けたものです。しかし残念なことに、肝心の視覚障害者たちにこんな貴重な情報が届いていないのです」
高橋さんは、そんな状況を打開するための事業アイデアを思いついた。大切な情報を、求めている人にダイレクトに「点字」でお届けする。そんな仲介役に、「チャレンジ」がなろうという新しい取り組みである。「点字」であれば、新聞記事や雑誌記事を自由に抜粋して、「無料」で配信できるという強みを活かしたビジネスアイデアというわけだ。メールで配信するのは電子化された点字添付データで、ピンディスプレイ(※2)さえあれば、視覚障害者でも手元のパソコンで簡単に蝕読できるようになっている。ITの素晴らしい進化を感じずにはいられない。
高橋さんの構想は、すでに準備期間を終えて具体化に向けて走り始めている。まず「交通」をテーマとしたさまざまな情報を、毎日会員に無料発信するという企画である。すでに500人の会員を確保し、新聞社や出版社からの最新情報提供依頼や、協賛金を集めるための営業活動を積極的に展開しているとのことだ。
「視覚障害者にも、けっこう鉄道マニアって多いのですよ(笑)。だから改良点字ブロックのような情報だけでなく、マニアックな鉄道情報をどんどん届けていけば、もっとたくさんの会員を獲得できると思います。会員が多ければ多いほど、メディア価値が高まって、協賛金も集めやすくなりますしね」
もちろん将来的には鉄道だけでなく、幅広いテーマの情報を視覚障害者に「点字」で届けていくネットワークの構築をめざしている。出版物製作から始まった「チャレンジ」の視覚障害者に対する情報提供活動は、新しい時代に向けて着実に動き出している。しかし情報を届ける手法が変化したとしても、「チャレンジ」がめざすのは「点字」という言語を後生に大切に伝えていこうとする情熱だろう。視覚障害者はもちろんのこと、晴眼者にも点字の素晴らしさを伝えていく。「チャレンジ」のさまざまな活動は、そんな信念のもとに実施されているのである。
※(2)ピンディスプレイ:
コンピュータの文字情報や図形情報などを、電子制御によって手元のピンを上下させ、自動的に点字化するという福祉機器。凹凸化されたピンディスプレイに触れることにより、点字を読むように電子データを認識することができる。
(文・写真:戸原一男/Kプランニング)
社会福祉法人視覚障害者支援総合センター(東京都杉並区)
http://www.siencenter.or.jp
※この記事にある事業所名、役職・氏名等の内容は、公開当時(2011年05月08日)のものです。予めご了承ください。