Reportage
SELP訪問ルポ
社会福祉法人しあわせ(長野県千曲市)
公開日:
社会福祉法人しあわせの概要
しあわせは、「クロスロード」(知的障害者通所授産施設:新体系未移行)、「クロスロードあおき」(生活介護事業/就労継続B型事業)、「クロスロード白馬里山塾」(生活介護事業/就労継続B型事業)等の障害者就労系事業所と、地域活動支援センター「じゃがいも」を運営する社会福祉法人である。法人の設立は2006年と非常に新しく、「クロスロードあおき」や「クロスロード白馬里山塾」に至っては2009年に誕生した施設だ。
「クロスロードあおき」が建っているのは、人口5,000人ほどの長野県青木村である。長野新幹線上田駅から車で30分ほど離れたこの地には、それまで障害者のための福祉施設というのが一つも存在しなかった。そのため「どんな人にもチャンスと場を!!」ことを法人運営のモットーとする社会福祉法人しあわせに、村で初めての障害者福祉施設運営が任されたというわけである。
最大の特色は、設立当初から製品づくりについても出来る限り村民との連携が模索されてきたことだろう。たとえば当初手掛けていた作業科目は、古布を使った「布草履」である。草履をつくるためには、原料となる古着を集めなければならない。そこで青木村の人々に対して、有線放送等を活用した「古着募集」のアナウンスを実施する。すると次々に、立派な着物等を提供したいとの申し出が施設に寄せられるようになった。
新参の障害者施設にとって、このような取り組みは住民に受け入れてもらうために大切な活動だろう。事業的にはあまり成果が上がらなかったらしいのだが、「布草履」事業は地域に根付くための重要なヒントを与えてくれた。その後に開発された新事業も、必ず地域との連携を基本とするように構築されている。
地域とのコラボで生まれた新事業「バスボム」
地域との連携事業の代表格が、新事業であるバスボムである。バスボムとは発砲入浴剤のことであり、最近、女性に人気の入浴アイテムだ。炭酸ガスの効果でお風呂に入れたときにシュワッーと発砲する温浴効果と、色や香りを楽しむリラックス効果の二つが楽しめ、気軽にオリジナルバスボムを作れる「バスボムメーカー」なる玩具も発売されるなど、密かなブームとなっている。
テレビでたまたまこの玩具の存在を知ったという湯原正行所長(33歳)が、青木小学校特別支援学級(3組&4組)の課外授業に「バスボムの製作販売」を提案することになる。授業参観日に出す保護者対象の模擬店において、子どもたちが自ら作った製品の販売体験をしてもらおうという企画であった。
この授業は、大成功。一生懸命楽しそうに製品を作って、元気よく販売した彼らの姿に感動した湯原施設長は、バスボム製造を本格的に新事業としてスタートすることを決定した。現在の正式な製品名「サーティフォー・バスボム」というのは、当時の企画に参加した青木小学校特別学級の売店の名「34(サーティフォー)」から付けられている。
「バスボムの事業展開を決めたのは、なんといっても特別な設備が不要だったからですね。もともとは玩具のキットでつくれる製品なのですから(笑)。もちろん量産化するための器具開発や、オリジナリティを出すための材料の配合には研究を重ねましたよ。でも重度の利用者でも製品作りに参加できる点と、商品開発に若い人たちのアイデアがどんどん必要となる点が、私たちの施設方針とピッタリマッチすると思いました」
と、湯原施設長。「誰でも作れる」「誰でも参加できる」「誰でもアイデアを出せる」という作業は、本来は事業として成り立たないのが鉄則のはずだが、それを逆手に取った柔軟な発想は、さすがに若い施設長だけのことはある。
可能性は無限大。どんどん広がるユニークGOODS
バスボムというのは、単純な製品だ。基本となる素材は、重曹とクエン酸と香料だけである。香料は好きなモノを自由に加えればいい。天然のハーブやフルーツでもいいし、紅茶やコーヒーやココアでもいいだろう。香料だけでなく、形や色、さらには中にさまざまなメッセージカードを入れるなど、アイデア次第でいくらでも自由にオリジナル製品を作り出すことができる。若い女性に「バスボム」が人気となっているのは、アロマ効果に加えてこうした遊び心が受けているのに違いない。
「クロスロードあおき」では、青木村内でさらにバスボムを広めるための企画を次々実現させてきた。地域のショッピングモールで開催するバスボム製作体験イベント、青木中学校家庭科授業とコラボした新製品アイデアの公募、地元プロ野球チーム(BCリーグ信濃グランセローズ)の公式グッズに認定された野球ボール型フォーチューンバスボム、等々。つねに地域住民がバスボム事業に参加できるような活動を意識しておこなっている。
「サーティフォー・バスボム」の商品アイテムの中のヒット作の一つ「あわあわミルクココア」(ミルクとココアの香り)や「夢見るハニー」(ハチミツの香り)は、青木中学校の生徒が企画した製品である。自分たちが開発に関わった製品が、村で唯一の障害者施設で製造され、村のショップ(道の駅)で販売される。この繰り返しが、施設と製品の存在を村中に知らしめ、相乗効果として製品売上も拡大してきたというわけである。
企業向けのアメニティグッズやギフト商品としてのニーズも高いという。自然豊かな信州の季節の花を練り込んだ「季節の花バスボム」、新年のご挨拶に最適な鯛焼き型の「おめで鯛ボム」、中から素敵なプレゼントが現れる「X’masボム」、結婚式の引き出物用の「ウエディングボム」、要望にあわせてたとえ小ロットでもオリジナルバスボムをつくりだせるのが強みでもある。今後は、さまざまな企業とコラボした商品開発を次々おこなっていく予定だという。
青木村の新しい新名物が、「信州そば〜む」
バスボムに続いて湯原施設長が仕掛けた事業が、「信州そば〜む」である。その名の通り、地元青木村産の蕎麦粉を使って焼き上げたバウムクーヘンだ。青木村では減反による休耕田活用として、多くの良質な蕎麦が栽培されている。そんな地元産の蕎麦粉を使い、近隣地域の養鶏場で生産された玉子をふんだんに使って焼き上げた、「地元産」の食材にこだわった商品である。
バームクーヘン事業について、湯原施設長は次のように語っている。
「とにかく話題性になる製品を作りたかったのですね。いくら地元産の食材を使っても、パンやクッキーではまわりから見向きもされません。でもバウムクーヘンだと、一段グレードアップした商品として見られます。販売単価も高く設定できるから、利益率もいいですし。もちろん女性たちの間でブームになっていたことも重要なポイントです。目標は、青木村の新名物となるような製品を作り出すことでした。青木村というのは、寂しいことに名物と呼べるような製品がないと観光客から言われていたのが現状だったのです」
蕎麦粉を練り込んだバウムクーヘンという、一見奇を衒ったような製品に見えるが、実際に食べてみると驚くような美味しさである。蕎麦粉がケーキ生地にもっちり感を加え、一般的なバウムクーヘンよりもしっとりした味わいを生み出しているのだ。蕎麦の香りはあまり感じないが、それゆえにまったく違和感なく食べられる。
バウムクーヘンブームと言われて久しいが、最近人気を博しているのは伝統的なドイツ菓子風(少しパサつき感のある生地の周りに、たっぷり砂糖が塗ってあるタイプ)ではなくて、しっとり感のある優しい甘さの製品である。蕎麦粉の存在が、まさにこの流行の味を生みだした。
普通に食べても美味しいが、電子レンジで30秒ほど暖めると、さらに美味しく食べられる。まるで焼きたてのような味わいである。甘さを控えめにしているため、グラニュー糖をまぶしてオーブンで軽く焦げ目を付けても面白い。「信州そば〜む」という和風なネーミングには似合わないほどの、最先端の洋菓子の味わいを堪能できることだろう。
地元道の駅直売所の販売員たちも大絶賛。みんな喜んで売る人気商品に。
実は製品企画の段階では、「信州そば〜む」に対する風当たりは強かった。その理由のほとんどが、1,000円という強気の販売価格である。都心部で売るならいざ知らず、長野県青木村近辺で売る商品として、この価格は無謀ではないか。700円でも買わないという意見が、職員からも出されたという。しかし湯原施設長は譲らなかった。「価格勝負になったら、大手メーカーの安いバウムクーヘンなんてたくさんありますから、かなうわけがありません。採算が合わない商品作りは絶対にしたくありませんでしたからね」
蓋を開けてみたら、そんな心配は杞憂であった。道の駅あおきで「新しく完成した青木村の新名物」として、観光客たちに大好評なのである。これといった観光名所がない小さな村の道の駅なのだが、近くにある別所温泉に向かう観光客たちが立ち寄っていくことが多いらしい。そんな中、唯一ともいえる村の新名物スイーツである。地元産の蕎麦粉を使った、聞き慣れないニュータイプの洋菓子だという。観光客の土産品として、これほど格好の商品はないだろう。
「そば〜む」という商品名は、青木村の村民たちから公募したのだという。「青木村の新名物にしたい、青木村産の蕎麦粉を使ったバウムクーヘンの商品名を大募集」というチラシを、村役場や道の駅、小中学校、ショッピングモール、コンビニ等で配布した結果、171通のアイデアが集まった。採用者には、焼き上がり1本分のバウムクーヘン(なんと、通常商品の15箱分だ!!)をプレゼントするという企画である。当然メディアでも話題となり、発売当初から青木村内では「信州そば〜む」の名が知れ渡っていった。
「嬉しいのは、売店の人たちが一生懸命売ってくださっていることですね。新しく生まれた青木村の名物として、みんなでサポートしてくださっている感じです」と、湯原施設長。ちょうど取材当日の数日前から、長野新幹線の上田駅構内にある土産物店「科の木」での販売もスタートした。店を運営する株式会社しなのエンタープライズの小山洋一さんも太鼓判を押している。
「一口食べた瞬間から、これは売れると思いました。福祉関係の商品を店に置いてくださいという要望は多いのですが、お断りすることが多いのが現状です。売れない商品を置くわけにはいきません。私たちも商売ですからね。でも『信州そば〜む』はレベルが違います。ご覧の通り、当店では一等地に置いてありますが、試食した人は喜んで買っていきますよ。これから夏のハイシーズンに向けて、主力商品として期待しています。どんどん発注するから、在庫が切れないようにお願いしますよ(笑)」
青木村を飛び出して、すでに上田駅の名物として観光客に人気を博しつつある「信州そば〜む」。この分だと、名前の通り信州を代表する長野名物として知れ渡る日も遠くなさそうだ。
他施設と連携し、さらに高い工賃をめざす。
最後に、「クロスロードあおき」の今後の具体的な事業目標を伺ってみた。
「おかげさまで『信州そば〜む』については、順調なスタートが切れました。月に100万程度の売上をめざしていますが、この分だと近いうちに大幅にクリアできると思います。問題はバスボムですね。現状の販売力では頑張っても月30万〜40万程度の事業にしかなりませんが、企業や他施設とのコラボレーションによっていくらでも可能性は広がると考えています」
こうした目標を達成することで、現状の1万円足らずの工賃を「できるかぎり早い時期(年度内)にも2万円」にし、将来は10万円程度の工賃が支払える事業に育てるのが湯原施設長の夢なのだという。
「現状の数値からすると夢物語でしょうが、それだけの商品を作っているという自負はあります。職員によく言うのですけど、私たちはすごい才能を持っているのに力を発揮できないスポーツ選手みたいな状態だと思うのですね」
可能性を広げるために、企業との連携はもとより、全国の他施設との販売コラボも模索中である。バスボムという商品は利益率が高いため、卸価格を低く設定でき、販売する側にも大きなメリットがある。食品よりもずっと賞味期限は長いのに、消耗品であるためリピート率も低くない。クッキー等を販売するよりも大きな利益があがる可能性を秘めているわけである。
県内のいくつかの施設とはすでに始まっている協力関係をさらに広げ、宮城県の施設に対して「復興支援プロジェクト」を実施することになった。これは関西系の企業・NPO等が集まって繰り広げられる「ミンナDEカオウヤプロジェクト」の一員として、売れ筋商品であるバスボム自体を被災施設に生産してもらおうという試みである。プロジェクトが機材購入などの資金を支援し、「クロスロードあおき」では商品生産に関するあらゆるノウハウを無償で提供する。この企画に参加すること自体で施設としての事業メリットはほとんどないのだが、参加企業との顔つなぎが期待でき、結果的に「サーティフォー・バスボム」のブランド告知につながると見ているようだ。
「バスボム自体は、とくに設備がなくても誰でもスタートできる事業ですからね。売れるとわかると、どこの福祉施設もおなじ事業を始めることは目に見えています。だとしたら、できるだけ早い段階で『バスボム=クロスロードあおき』というブランド力をつくらなくちゃいけないと思うのですよ。それに企業とコラボできれば、とても1施設では対応できない量の大量注文が来ることは明らかです。そのためにも多くの施設と、バスボム生産に関するノウハウを共有しておきたいですね」
福祉のチカラで地域とつながることをモットーとした「クロスロードあおき」の活動は、「サーティフォー・バスボム」というヒット商品を柱にして、全国の施設をつなげるという新たな目標に向かっている。今後は施設として共同生産・共同受注の活動を展開していくことも視野に入れているという。若い施設長たちのネットワーク化が、障害者福祉の世界にもきっと新たな時代を切り開いてくれるものと期待したい。
(文・写真:戸原一男/Kプランニング)
社会福祉法人しあわせ・
クロスロードあおき(長野県千曲市)
http://siawase.or.jp
※この記事にある事業所名、役職・氏名等の内容は、公開当時(2011年08月01日)のものです。予めご了承ください。