Reportage
SELP訪問ルポ
社会福祉法人天竜厚生会(静岡県浜松市)
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天竜厚生会の概要
天竜厚生会は、天竜福祉工場(就労継続支援A型事業)、天竜ワークキャンパス(就労継続支援B型事業・生活介護事業)、みのり(就労継続支援B型事業)等の障がい者就労支援事業を行う社会福祉法人である。「障がいのある人たちが自立を目指して働くことを支援する」ことがメインテーマであり、就労事業だけでなく生活の場である8カ所の入所支援施設、7カ所(10棟)のグループホームも運営するほか、入居者たちの地域移行をサポートする自立生活援助事業も行っている。
法人が設立されたのは、1950年である。国立結核療養所天龍荘の寛解患者の後保護対策として創設されたのが始まりであるという。その後、障がい者福祉に留まらず、高齢者福祉、児童福祉…と、戦後の社会福祉制度の充実と共に行政の依頼を受けて事業を拡大してきた。現在では、特別養護老人ホーム・介護老人保健施設・軽費老人ホーム・居宅介護事業・通所介護事業・通所リハビリテーション事業、訪問介護事業所・訪問入浴事業所・福祉用具貸与・販売事業所・地域包括センター・訪問看護等の高齢者事業、認定こども園・保育所・子育て支援ひろば・親子ひろば・地域子育て支援センター・放課後児童クラブ・児童発達支援事業・放課後等デイサービス事業等の児童福祉事業、天竜厚生会診療所・龍山診療所等の医療施設、さらには浜松市生活自立相談支援センター つながり浜北(生活困窮者自立支援事業)・清風寮(救護施設)に至るまで、浜松市(北遠地区)の福祉をトータルで請け負う体制を整えた巨大法人となっている。
そんな天竜厚生会の中から、今回は日本セルプセンターの会員となっている2つの施設(天竜ワークキャンパス、みのり)の活動を中心に紹介していこう。
自動車部品等の下請け作業を行う天竜ワークキャンパス
1つ目は、天竜ワークキャンパス(以下、ワークキャンパス)である。この施設のメイン作業は、自動車部品の組み立てや梱包作業だ。浜松市は大手自動車メーカーを筆頭としてモノづくりが盛んな町であり、こうした下請け作業が途切れることなく発注される土壌がある。B型事業と生活介護事業(生産型)が混在するワークキャンパスでは、仕事の種類に応じて作業を分別。部品の組み付け作業、コンベアを使用した梱包作業、検査作業等々、利用者の能力や適性にあわせて役割分担し、約40名の利用者たちが協力し合いながら一つの製品を作っていくのだという。
「ワークキャンパスで働く生活介護の利用者さんは、B型に行く能力はありますが、施設入所を利用されている方が多く、制度上の兼ね合いで生活介護を利用しているので、作業能力としては非常に高いです。その意味では生活介護の生産型というより、就労事業の仕事として日々の作業に取り組んでもらっています」と、ワークキャンパス所長の秋葉聡さん。その結果、月額平均工賃は、B型が約25,000円。生活介護でも20,000円を超える金額となっている。
この他にも、自主生産部門として名刺・年賀状・パンフレット等の制作を請け負う印刷事業、喫茶部門(ちゃむ)などがある。印刷は優先調達法を活用して行政からの受注拡大を目指すほか、法人内部からの受注も多い。とくに人事異動が発令される年度末になると新たな名刺作成が大量に寄せられるのは、職員数が2,400人(事業数は約260)を超える天竜厚生会という大法人ならではの特徴と言えるだろう。
喫茶業務は施設入所者や職員、見学者や法人が建設した研修センターに来る受講者等の増加に伴って、憩いの場を作ろうと考えた事業である。法人内の各施設(生活介護や高齢者施設)等の利用者たちが日中活動の外出先として出かけてくる他、研修参加者、利用者家族等外部の方も数多く訪れてくる。とくにコロナ禍以降は、法人内各施設の利用者が行楽などの行事で敷地外に出かけることが難しくなったため、ケーキセット等のテイクアウト発注も増え、売上も伸びてきたのだそうだ。
みのりでは、地域連携としての自主製品も開発
もう一つの事業所みのりの主力事業は、クリーニングである。法人内のA型事業所(天竜福祉工場)の下請けという位置付けで、布おむつ、しも拭きタオル等の洗濯・たたみを中心に請け負い、事業所売上の約7割を占めている。その他、法人内の10事業所と業務委託を結んで館内清掃、食器洗浄等の清掃作業を行ったり、行政や民間企業から庭の草刈り等の環境整備作業も請け負っている。現在の月額平均工賃は、約38,000円だ。
自主製品として、オシボリタオルを活用したぞうきんの製作販売もある。みのり施設長の井上裕一さんによると、「このぞうきん(みのりちゃんぞうきん)は手頃なサイズで吸水性が良いとお客さんから好評で、行政や小中学校、保育園等から定期的に買ってもらっています。県内パチンコ店の景品や、労働金庫の粗品として大量発注されることも多いです」とのこと。
もう一つユニークなのは、2014年から取り組んでいるというオリーブ製品だろう。①みのりのメイン作業である布おむつ洗浄は、紙おむつの普及と共に売上が減少気味 ②農福連携事業としての可能性を探りたい ③希少な国産オリーブを育てれば、健康ブームに乗ってヒット商品を生み出せるはず ④栽培、収穫、商品づくり、販売と幅広い作業工程があるため、利用者の仕事を増やせる…といった理由から、当時の理事長の発案でオリーブ栽培が始まった。敷地内にオリーブの樹を170本(磐田市も合わせると730本)植え、搾油所も建設したのだ。
「当初の製品はオリーブ油やオリーブ石けんだったのですが、実だけでなく葉にもポリフェノールが含まれていることを知り、それを活用した製品を作ろうと商品開発に取り組みました。その結果生まれたのが、『オリーブ葉っぱ珈琲』や『ちょっと大人のマドレーヌ』です。オリーブの葉を細かく粉末化し、珈琲やお菓子に混ぜ込みました」と、みのり相談支援員の赤堀有里さん。
商品化にあたっては、天竜高等学校の学生たちの力を借りている。この高校は地域連携・地域協働できる人材育成を教育の柱として掲げている。そこでラベルデザインや、商品づくりのアイデアを高校生から募り、一緒になって開発していった。また、富士山を基調とした「しぞーかolive」のロゴマークは、静岡文化芸術大学のデザインサークル「獣道」のメンバーに依頼したものである。「障がい者の施設の製品というイメージを脱却したブランドを確立したい」との思いに応え、デザイン学部の佐井国男教授も監修に加わった。
法人創設以来、74年にわたって地元にしっかりと根付いている天竜厚生会だからこそ、このような協働が実現したのだろう。こうして生まれたオリーブ商品群が、地域の方々に広まっていったのは当然の結果と言える。今後も学生たちのアイデアを募りながら、新商品の開発に取り組んでいきたいと赤堀さんは語っている。
さらなる工賃アップが、今後の課題
天竜厚生会本部が発行している「おさんぽMAP」というパンフレットがある。これは、冒頭で紹介した複数の福祉事業所が隣接する広大な敷地を、外部からの来訪者に自由に散策してもらうために作成したものだ。地図を見ると、働く場(天竜福祉工場、天竜ワークキャンパス、みのり)、入所施設、喫茶ちゃむ、高齢者施設、スーパーはまな、給食センター、診療所、市営住宅、職員宿舎、グラウンド、研修センター、ガソリンスタンド、オリーブ畑等々が敷地内に立ち並ぶ理想的な環境であることがわかる。散歩道には季節の花が咲き誇り、いつ来ても花や鳥の声に心から癒やされるはずだ。
敷地内では、花火大会(7月)、厚生会まつり(10月)等々のイベントが開催されている。それ以外にも研修センターでは市内の小中学生を対象とした福祉教育「福祉ってなんだろう?」が定期的に実施されているし、各種福祉資格取得のための会場にも使用されるため、ほぼ毎月たくさんの人たちが訪れてくる。50名程度が宿泊できる施設も兼ね備えるため、ボート競技の全国大会が開催されるときには学生たちが利用することも多い。もちろん遠方に住む利用者家族が遊びに来たときには、いつでも宿泊してOKだ。
こうした取り組みを行うのは、天竜厚生会が地域における公益的な活動に力を入れているからである。平成28年に改正された社会福祉法により、すべての社会福祉法人は、公益性・非営利性を踏まえ、法人本来の役割をより明確化するため、「地域における公益的な活動」を実施する義務を負うことになった。「救いを求めるどんなわずかな存在も忘れることなく、一人ひとりの自己実現を目指して支援していく」ことを基本理念として掲げる天竜厚生会にとって、公益活動の実施は設立時から当たり前のこととしてとらえていたに違いない。
今回お話を伺ったワークキャンパス、みのりの両施設長ともに今後の課題は「さらなる工賃アップ」であることを語ってくれた。本年度より、A型事業も含めた法人内すべての就労事業所を連携させ、効率的な事業運営が図れるように就労支援事業部を新設し、就労事業をより強化できる体制を整えたところだ。公益活動を積極的に展開し、地域との連携を図っていくことが結果的に事業的にもプラスになる──今後の天竜厚生会の動きは、間違いなくそれを証明してくれることだろう。
(写真提供:天竜厚生会、取材:戸原一男/Kプランニング)
【社会福祉法人天竜厚生会】
https://www.tenryu-kohseikai.or.jp
※この記事にある事業所名、役職・氏名等の内容は、公開当時(2024年10月01日)のものです。予めご了承ください。