Reportage
SELP訪問ルポ
社会福祉法人進和学園(神奈川県平塚市)
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進和学園の概要
進和学園は、しんわルネッサンス(就労継続支援A型・就労継続支援B型・就労移行支援)、サンメッセしんわ(就労継続支援B型・生活介護)等の障害者就労系施設を運営する社会福祉法人である。この他にも、旧進和職業センターを立て替え、平成26年2月より稼働するはばたき進和(生活介護・施設入所支援・短期入所)、進和万田ホーム、ビーライトしんわ、進和やましろホーム、進和あさひホーム、しんわグループホーム、サンシティひらつか、ともしびショップ湘南平(自主製品販売&喫茶)、プチ・ブーケ(パン・菓子の販売ショップ:しんわルネッサンスB型)等の障がい者事業や、いずみ保育園、富士見保育園、つどいの広場どれみ(地域子育て支援拠点)等の児童福祉事業を展開している。
1958年に障がい児のための児童施設から始まった進和学園だが、利用者の成長と共に自立に向けた就労支援が課題になり、1974年に進和職業センターを設立。以後は一貫して、彼らが地域で自立生活をおこなうための福祉サービスを充実させてきた。
とくに本田技研工業株式会社(以下、ホンダ)と連携した自動車部品組立事業は全国的に有名であり、高工賃を実現した施設として関係者からも注目されている。自動車部品組立はその後、2006年からスタートした福祉工場しんわルネッサンスに移管され、2008年からは新体系に基づく就労継続支援A型・B型事業所として運営されるようになった。A型事業所の平均工賃は約140,000円、B型事業所は約44,000円と、事業開始から40年目を迎えた現在でも、依然として高い水準をキープし続けている。
成功の秘訣は、営業窓口を担当する別会社「研進」
しんわルネッサンスの最大の特色は、発注先であるホンダと施設を結ぶ営業窓口として「研進」という別会社を設けていることである。この会社の歴史は古く、1974年の進和職業センター創設時にまで遡る。進和学園の理事・出縄光貴氏(故人)がホンダに勤務していた経歴を活かして、51歳の時に一念発起して設立。授産事業の世界に新たな風を起こす活動をスタートさせた。世界のホンダの自動車部品組立を授産施設で受注し、そこで働く障がい者に高工賃を保障するという取り組みである。
プロジェクトを推進するにあたり、ホンダ側からはインジェクションマシンやプレスマシン等の大型機械の無償貸与、ホンダ浜松製作所スタッフによる泊まりがけでの技術・安全面指導といった全面協力を受けている。こうして、当時の授産施設の常識を越える作業環境が整備されることになったのだ。
研進の主な役割は、「仕事の発注」→「組立ライン」の仲介役となることである。具体的には、ホンダとその部品メーカー約60社と売買契約を締結。ホンダから仕事が発注されるとメーカーから部品を購入し、しんわルネッサンスに組立・加工を委託する。そして完成した製品をホンダに買い取ってもらうシステムになっている。
売買契約に基づく資金繰りや、ホンダとの加工賃交渉、在庫管理や輸送中のリスク等は研進がすべて負担する。これによってしんわルネッサンスは、純粋に組立作業に専念できる。いわば営業部門の完全専任化だ。資金繰りからリスク負担まで。事業を営む上でもっとも大変な仕事をアウトソーシングできる組織として、研進を設立したのである。もちろんそこには経理や営業のプロなど、一般企業出身の優秀なスタッフを揃えた。公的資金に頼らず企業的運営手法を導入するこうした取り組み。窓口をあえて株式会社にすることで、ホンダの担当者が安心して発注できる体制が整備されたのだ。
ISO9001取得に象徴される、たゆまぬ品質向上への努力
もちろん自動車産業の世界は、営業窓口を充実させるだけで仕事が自動的に増えていくほど甘いわけがない。市場は常に「品質・価格・納期」を厳しく求めてくる。しんわルネッサンスとしても、品質管理を徹底的に向上させる努力をおこなってきた。このたゆまぬ努力の積み重ねこそ、40年にわたって継続的にホンダから仕事が発注されている理由でもある。
品質管理の取り組みとして代表的なのが、オリジナル治工具の開発だろう。「一人一工程」を原則にした組立ラインの構築、効率よりも正確性を優先した作業体制等しんわルネッサンスならではの工夫の他に、商品の数量過不足・異物混入・誤組等の不具合を防止するための独自のシステムを導入しているのである。現場を仕切る庭野勉副所長は、次のように語っている。
「システムというと立派ですが、私たちが用意したのは各工程で不具合をチェックするための手作りの治工具。本来、こうした機械をきちんと整備しようとすると、莫大な費用が必要でしょう。しかも自動車部品の世界は仕様が毎年のように変わります。そこで機械メーカーに勤めていた専門家に協力いただいたのがきっかけで、オリジナル治工具を作ることになりました。現在では、2名の専属職員が所属する品質新機種グループとなっています。新しい部品の組立が決まるたびに、職員はゼロから治工具を開発していきます。私たちの施設がホンダさんからの高度な品質要望に応えられるのは、この部署のおかげ。まさに工場の生命線でしょうね」
品質管理をさらに徹底させるための取り組みとして、2007年3月にはしんわルネッサンスの利用者を含めたスタッフ全員(自動車部品組立関係者)で、ISO9001の認証を取得している。ISO9001とは、国際標準化機構によって設定された品質管理のための国際標準規格のことである。品質マネジメントを実施する上では必須の規格であり、これを取得していればクライアントからの信頼はさらに篤いものとなる。
「ISOの取得はホンダさんから要望されたわけではなくて、内部から自然に沸き起こったものです。治工具などのサポートがあれば、一般企業に負けない仕事ができるということを証明したかったのです。利用者全員を含めたISOの取得は、知的障がい者部門では日本初のケースなのですよ」(庭野副所長)
自動車部品組立の現場をみると、組立作業をB型の利用者、最終の検査・管理業務をA型の利用者(従業員)がおこなうという体制が出来あがっている。基本的に職員は現場に入らない決まりとなっていて、滞りなく仕事は流れていく。品質管理が厳しいことで有名な自動車部品を、障がい者だけで管理できている工場というのは全国的にも珍しいのではないか。
法人全体で取り組む「いのちの森づくり」プロジェクト
順調に事業を拡張してきたしんわルネッサンスだが、2008年秋のリーマンショックによって大きな方向転換を余儀なくされた。国内及び海外向けの自動車を製造していた工場からの発注が激減してしまったのだ。瀬戸利彦所長は、この時の苦労を次のように語っている。
「これまで100%ホンダさんからの仕事に頼っていただけに、施設としても深刻な打撃を受けました。仕事量が全盛時の約6割に減ってしまったわけですからね。経営立て直しのためにも、事業の多角化が急務となりました」
大きな可能性が生まれてきたのが植樹用ポット苗を栽培する「いのちの森づくり」プロジェクトである。施設の裏山からドングリや木の実を拾ってきて発芽させ、ビニールハウスで2〜3年かけて苗木を育て、それを販売するという地道な活動だ。しかしその背景には、宮脇昭・横浜国立大学名誉教授が唱える潜在自然植生理論に基づく「その土地本来の木による本物の森づくり」という壮大なテーマが潜んでいる。
森づくりは単に木を植えるだけではない。何より大切な、かけがえのない「命」を守ることであり、人々の心に木を植えていく活動である。台風や地震や津波などの自然災害が多発する現在の日本だからこそ、スギやヒノキだけの人工林ではないホンモノの森を再構築する必要がある……。
『あすを植える 地球にいのちの森を』(毎日新聞社)、『木を植えよ!』(新潮社新書)、『森の力』(講談社現代新書)等多数の著書や講演で、一貫して常緑広葉樹による森づくりの大切さを訴えている宮脇教授。しんわルネッサンスでは施設の設立時に記念講演及び植樹祭をお願いしたことがきっかけで、教授との交流が始まった。
宮脇教授の指導の下で、ドングリ拾い、水やり、肥料やり、発芽した苗のポットへの移し替えなどの作業に取り組み、タブノキ・アラカシ、など複数のポット苗栽培に本格的に取り組むことになる。
当初は理念先行の社会貢献的意味合いも強かったが、宮脇理論が日本中に広まるにつれて大きなビジネスチャンスが生まれてきた。宮脇氏の考えに共感した行政や企業、大学やNPOなどが、大規模な植樹イベントを実施するようになったのだ。園芸種や外来種ではない自然の常緑広葉樹の苗を何万本も栽培している事業者は、比較的少ない。宮脇教授が講演会や著書で施設の取り組みを紹介してくれることもあり、各地から問い合わせが寄せられるようになった。
さらに進和学園では、「いのちの森づくり友の会」を2008年に設立。個人会員、事業所会員を募って、会費をすべて「いのちの森づくり基金」に寄付するシステムを作り上げている。ここに貯まった基金を活用し、(植樹の予算があまりない)自治体や学校などの植樹祭で植えるポット苗を無償で提供できるようにしたのである。
「もちろん独自の予算で購入していただく場合が過半を占めますが、基金を使ったポット苗の提供や植樹後のメンテナンスをおこなうことによって私たちの活動は広まっています。朝日新聞社環境教育プロジェクト『地球教室』、湘南国際村めぐりの森など、大々的な植樹プロジェクトも次々にスタートしています。これまで全国各地に提供してきた苗は、12万本を超えました。運動の趣旨を理解してもらい、民間企業などの提携先を積極的に募ることで、売上はまだまだ伸びると思います。将来は、自動車部品組立に次ぐしんわルネッサンスの事業の柱にしていきたいですね」と、瀬戸所長は期待を膨らませる。
さまざまな制度を活用し、「施設外就労」にも力を入れる
事業多角化のアイデアとしてもう一つの柱となるのが、「施設外就労」である。研進の営業部主任・石井輝美さんはその狙いを次のように語っている。
「私たちがめざしているのは、福祉的就労の底上げです。一般企業やA型などで雇用されて働いている障がい者と、就労継続B型事業所などで働く福祉施設利用者の間には、極端な工賃格差があります。この現状を、なんとか是正できるようにしたいですね。そのためにもっとも必要なのは、良質な仕事の確保。施設外就労には、大きな可能性が秘められていると思います」
石井さんたちが注目したのが、2006年度に創設された障害者雇用促進法における「在宅就業障害者支援制度」であった。自宅や福祉施設で就業する障がい者に仕事を発注する企業に対して、助成金が支払われるという仕組みだ。民間企業への営業アプローチをおこなうためには格好の制度だが、前提として厚生労働省に認定された在宅就業支援団体(21団体/2013年10月現在)を通じて発注されること、発注額が年間で105万円を越えることといった条件があり、認知度も低いことから、現時点での活用事例は乏しいのが実情である。
そこで研進では、2008年に在宅就業支援団体としての認可を受けることにした。株式会社として認定されたのは、全国でも異例のことである。
「在宅就業支援団体に指定されることによって、大量の仕事を発注していただいているホンダさんを特例調整金の受給対象とすることができました。発注企業にもメリットがあるこの制度を、私たちはもっと積極的に活用していきたいと考えています」と、石井さん。最近ではホンダに続いて、平塚市内を中心に事業展開するスーパーしまむらでも調整金の受給が決定したらしい。2012年末より施設外就労として市内のしまむら3店舗にしんわルネッサンス(B型事業所)の利用者を4名派遣(業務委託)しているため、2013年度は9月の時点で利用者の工賃総額がすでに105万円を突破したのだ。
しまむらで請負う障がい者の仕事は、バックヤードでの野菜の袋詰めや陳列棚への品出し、清掃などである。イベントでは着ぐるみを着て店内を盛り上げ、顧客にも大きな声で挨拶する。職員が1名付き添うため、しまむら側としても安心して仕事を任せることができる。「本当によく働いてくれています。今や店にはなくてはならない大きな戦力になりました」と、駅前店の斎藤幸司店長も手放しの褒めようだ。
彼らの働きぶりが評価されたため、しまむらストア全店に福祉施設コーナー(湘南地域の福祉施設でつくられる製品の販売棚)の設置、進和学園と提携する農家の朝採り野菜の試食販売会、さらには店舗の一角を利用した「しまむらの森づくり」という企画も次々に採用されるようになった。しんわルネッサンス独自の自主製品(干し椎茸やラスク)をしまむらストアのチラシに掲載し、販売してもらうなどのタイアップも実現している。2014年1月には、施設外就労でその能力を認められた障がい者の一般雇用も実現した。
「自動車部品組立の仕事は、厳しい経済環境にあって決して楽観は許されません。それくらいの危機感をもって、私たちは新しい事業モデルを再構築しなければならないと考えています」と、瀬戸所長。
これまでの実績に決して胡座をかくことなく、時代の先を見据えていく。つねに高いレベルの工賃を確保する施設であり続けるために、しんわルネッサンスは「民間企業との連携」をテーマにしたアイデアを次々と生み出しているのである。
(文・写真:戸原一男/Kプランニング)
社会福祉法人進和学園(神奈川県平塚市)
http://www.shinwa-gakuen.or.jp
※この記事にある事業所名、役職・氏名等の内容は、公開当時(2014年02月01日)のものです。予めご了承ください。