Reportage
SELP訪問ルポ
社会福祉法人佐賀西部コロニー(佐賀県太良町)
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佐賀西部コロニーの概要
佐賀西部コロニーは、身体障害者授産施設(入所・通所)「昆虫の里」、知的障害者入所授産施設「多良岳作業所」、知的障害者通所授産施設「白石作業所」を運営する社会福祉法人である。佐賀県の南西部、有明海と多良岳連邦という海と山に囲まれた大自然の中に、各施設は建っている。
こうした自然の立地条件を利用して、開設当初から「間伐材の高度利用事業」を法人のモットーとしてきた。佐賀県太良町にある4,119ヘクタールもの広大な森林から、多くの間伐材が生まれてくる。この間伐材を利用して授産事業をおこない、障害者の職業指導ができないかと、法人の設立者である村井公道理事長(73歳)が発案したのである。
間伐材を使って木工作業をおこなうこと自体は珍しいものではないが、村井理事長の発想の斬新さは間伐材→木工作業→不要材→キノコ栽培→昆虫栽培→園芸肥料という、法人内事業で完結するリサイクルシステムを設立当初から構想していたところにある。間伐材を利用することで環境保護に役立てながら、高度再利用によって付加価値ある製品を生みだしていくというのが狙いなのだ。
具体的な作業品目は、「昆虫の里」が木工作業・シイタケ栽培・カブトムシ&オオクワガタ飼育、「多良岳作業所」がみかん・さつまいも栽培、養鶏、エノキダケ栽培、スクリーン印刷、「白石作業所」が園芸作業、販売ショップ「こだわり館」の運営、各種農産加工品製造である。
法人のモットーは「1. 金を使わず知恵を出し、2. 他人(ひと)が創らないものを創り、3. 他人(ひと)が売らないものを売る」ことだという。見る者が圧倒されるほどの多様な作業品目があり、数え切れないほどのバラエティ豊かな製品を作っている。しかもそれがどれも徹底的にこだわり抜かれた「日本一」の称号を誇れる製品ばかり。それが佐賀西部コロニーの事業の特色である。
日本一の製品づくりを支える「海水農法」
佐賀西部コロニーの「日本一の製品づくり」を支えているのは、村井公道理事長自らが考案したという海水農法によるところが大きい。海水農法とは、天然の海水を農産物に散布することによって天然のミネラル成分を取り込み、美味しくて栄養ある作物を育てるという、まったく新しい考え方に基づく農法なのである。
これまでの常識では「塩をかけると植物は枯れる」ということから、「塩は農作物の大敵である」とされてきた。しかし地球上の生物はすべて海から生まれている。遺伝子レベルでその記憶を残しているわけだから、塩分が全て害になるわけではないというのが村井理事長の理論である。事実、化学肥料がなかった昭和30年代までの農業では、海草や魚粉などの塩分を含んだものを畑に鋤き込み、野菜作りの肥料としていた漁村があったらしい。
学術的には、佐賀大学海浜台地生物環境研究センターの田中明教授が、1974年にエンドウ、レタス、アスパラガスなどの作物ではナトリウムを散布すると、生育が良くなり、収穫量が増えたという論文を発表している。2009年には尚絅大学の圖師一文講師が「主な作物・野菜・果実の耐塩性」によって、オリーブやブドウは適度の耐塩性があるが、みかんやリンゴや桃は塩分には弱いとの指摘をしている。さらには海洋深層水の有効な活用法を探る中で、作物栽培への応用を進める研究も進められており、今や海水農法というは学会の中でも注目の研究テーマとなりつつあるのだ。
村井理事長が海水農法を用いて本格的な園芸をスタートさせたのは、2005年のことである。高齢化により続けられなくなったというミカン農家から4ヘクタールにも及ぶ広大なミカン農園を譲り受け、事業はスタートした。とはいっても収穫量100トン以上にもなるという本格的な農業である。「やるからには付加価値が必要。普通のミカンを作っていては、とても大量の果実を販売することができない」と考え、トマト栽培などでも糖度を高めることが実証されていた海水農法に着目。近くの港から汲み上げた海水を希釈し、5〜6回散布することで、糖度10〜14度という甘いミカンを作ることに成功した。
このミカンは現在「海水みかん・ダイヤ」として、大玉20個入り3,000円の価格で販売されている。一般的なミカンよりも糖度にして1〜2度高く、「口の中で甘みが持続する」という高級ミカンは発売当初から評判を呼び、すでに1,500万円の売上を誇っているのだという。
次々に開発される佐賀西部コロニーの「こだわり農産物」
佐賀西部コロニーがミカン栽培によって培ってきた海水農法の素晴らしさは、現在農業の専門家の間でも注目されている。何しろ「海水みかん・ダイヤ」の成分を調査したところ、ナトリウム含有量が100gあたり23mgという圧倒的に高い数値を示したためだ。これはココナッツの約2倍、レモンの約6倍という量である。海水みかんには天然のミネラル成分を大量に含み、それが甘さの秘密であることが化学的に証明された。昔から海岸部のミカンは内陸部のミカンよりも甘いとされてきたが、そんな風説を理論的に実証することができたわけである。この検査結果を受けて「海水みかん・ダイヤ」は、「ナトリウム含有量日本一」と表示して、ますます付加価値を高めることに成功した。
こうした海水農法の技術を駆使して、村井理事長は次々と「こだわり農産物」の生産に着手している。たとえば糖度50度という驚異的な甘みを誇る「織姫」「銀河」「ペガサス」と命名したサツマイモである。海水に強いとされる既存品種「種子島紫」と「紅はるか」を交配させることによって、独自に生みだした新品種だ。海水を17倍に希釈し、収穫時までに5回ほど散布することで海水ミネラルによって考えられないほどの甘みを持つイモに成長するらしい。
サツマイモの生産量は2ヘクタールの畑で、約50トン。40トンは焼き芋用、残りの10トンがいも餡などの加工用である。キロ当たり700円の強気の価格設定で、石焼きいも業者などに積極的に販売を続けている。この他にも食味が違う海水梅や海水タマネギ、夕張メロンにも負けない15kgの大きさと品質をめざす海水メロン「満月」等々、オリジナル海水農法を使えば魔法の杖のように次々と「○○日本一」の農産物が生み出されていく。
佐賀西部コロニーで栽培されるリコピン含有量の高い作物(京人参やパプリカやギシギシの根)を餌に配合して鶏に与えたところ、ビタミンEの100倍の抗酸化作用を持つといわれるリコピンを大量に含む卵も産まれてきた。これらは「リコピン含有量日本一」の超高級「リコピン卵」として、12個入り1,300円で販売している。卵がけご飯として毎日食べれば、動脈硬化などの生活習慣病や老化防止に効果があるという触れ込みの健康食品というわけである。
専門家も着目する村井理事長のオリジナル理論
村井理事長が生み出すさまざまな農作物は、毎月のように新聞やテレビなどのメディアを通じて報道され、佐賀西部コロニーの名前は地元では知らない人がないくらいの知名度である。日本中に福祉施設が数多くとも、間違いなく「日本一メディアに取り上げられた施設」と呼べるだろう。
施設が活動を発表する度に、一年間で30回から50回は、何らかの形で記事に取り上げられていく。なにしろ法人の歴史をまとめた20周年記念誌(420ページA4サイズ上製本の豪華本)は、「新聞で見る二十年の歩み」としてこれまでに掲載された新聞記事だけで構成されているほどである。記事を眺めるだけで、施設の歴史が理解できてしまう。「知られざる企業(施設)に発展なし」という広告宣伝の基本から捉えても、これほどパブリシティ対策に成功した事業体は一般企業レベルでも珍しい。
農業の専門家たちも、メディアを通じて次々と発信されるオリジナル農法に注目し始めた。これまで海水農法というのは、どちらかというと海水の塩分が作物の生育を阻害することによって甘みを増すという「塩ストレス」による効果であると捉えられてきた。しかし村井理事長の理論は、海水に含まれるミネラル成分こそが旨味成分を作り上げるという、既存学説を根本から覆すものである。しかもそれは出来上がった作物の成分分析によって、数値的に証明されている。
2008年より佐賀西部コロニーでは「全国海水(塩)農業セミナー」を独自に開催してきた。全国で海水農業を実践している農家の人たちとの意見交換、そして海水や塩を利用した新しい農作物づくりを希望する人たちへの学びの場、さらには全国で農産物事業を展開する福祉施設の仲間に付加価値ある事業展開のヒントの提供という構想に基づくイベントである。これまでに2回開催され、全国から130 名あまりの参加者が集ってきた。
回を重ねるごとに、村井理事長の唱える理論は参加者たちの共感を呼び、今年開催される第3回目のセミナーでは、なんと後援団体として「月刊現代農業」が名を連ねるまでになった。「月刊現代農業」といえば、農文教という出版社が発行する農業・農村・食にまつわる専門誌である。農業の専門家なら知らない人がないほどのメジャー雑誌だ。そんな雑誌がついに村井理事長の海水農法理論に注目するようになってきた。このイベントを通じて、今後ますます海水農法を実践する農家たちが増加していくことだろう。
カブトムシ生育は、佐賀西部コロニーの看板事業
海水農法にばかり記述が触れすぎたが、佐賀西部コロニーの看板事業といえば実はカブトムシの養殖である。歴史的にももっとも古くからある事業の一つであり、開設当時の「間伐材の高度利用事業」の考え方に基づいている。500平方メートルにも及ぶ飼育施設で産卵場をつくったり、病気を防ぐなどの作業を重ね、一年間かけて大切に飼育する。孵化したカブトムシは体長5cmほど。一年間で2万〜3万匹以上を出荷するという、本格的な養殖事業なのである。
全国の福祉施設でもこれだけ大規模にカブトムシの養殖事業をおこなっている例は他にないため、開設当時からカブトムシ事業はたびたびメディアに取り上げられてきた。それは、事業規模が大きいという理由からだけではない。2002年には2万平方メートルの広大な森林をクヌギ林に変え、カブトムシやクワガタが生育できる昆虫の観察公園をオープン。子どもたちに大人気のオオクワガタも観察できることから「オオクワガタ観察公園」と名付け、7月と8月の約2週間を一般公開しているのだ。
さらに1985年から続く、カブトムシ相撲大会である。今や「全日本カブト虫相撲大会」として全国の子どもたちが集まってくる夏の恒例行事となり、優勝者には文部科学大臣賞が贈られる。参加費無料の社会貢献事業として開催されるため、参加希望者があまりに増えすぎ、「参加者制限」をしなければならないほどだという。
直径20cmの土俵で一発勝負を競うという「カブト虫相撲」。カブト虫は自分の体重の20倍のモノを引くことができる力持ちで、大の相撲巧者でもある。背負い投げ、角投げ、突き出し、にらみ出し等々といった決まり手で勝敗が決まる相撲大会は、26年たった今でも子どもたちの人気の的である。イベントには全国から新聞・テレビの取材が殺到するほか、海外メディア(アメリカNBCテレビ)でも放映されたことがあるという。
「カブト虫は、佐賀西部コロニーの象徴的事業です。だからカブトムシ相撲大会は、子どもたちに喜んでもらうために参加費無料で開催しています。イベント開催費はすべて法人の持ち出しですが、メディアに露出する宣伝効果を考えたら安いものかもしれません」と、村井理事長。一年に一度、施設の利用者たちと子どもたちが和気あいあいと楽しめるこんなイベントが佐賀県の過疎の町で開催されていく。それが施設のみならず、町全体の活性化につながることを信じているのだろう。
佐賀西部コロニーがめざしているもの
いくら取材しても書ききれないほどのさまざまな事業をおこなっている佐賀西部コロニーだが、その根本には施設利用者の具体的な所得指標がある。彼ら一人ひとりの自立生活指標プログラムを作成し、社会参加の意識を高めて、経済的自立を促進するというのが目的だ。
具体的には基礎的生活保障として「年金+工賃」で月10万円を目標とする。障害年金2級が月額6万6千円あまりだから、少なくとも3万4千円が工賃としては必要である。これを実現するために必要なのは、3施設合わせて月あたり500万円以上の営業利益を生み出す生産と販売活動ということになる。
このように佐賀西部コロニーの運営方針は具体的に数値目標化され、利用者や職員ともにめざすゴールがわかりやすくなっている。プログラム通りに計画が進めば、施設利用者が年を取り老人施設利用者になる場合でも、相当量の貯金(2,000万円を目標)を貯めることが可能になるというわけである。
2010年度現在の月額平均工賃は、「昆虫の里」が36,470円、「多良岳作業所」が36,750円、「白石作業所」が38,000円となっており、目標は十分クリアできている。このような数値を実現できているのは、少しでも収益が上がるように他人とは違った発想で作りあげた「こだわり農産物」のおかげだろう。
「間伐材の高度利用事業」を謳い、これまでにさまざまな作業品種を手掛けてきたが、今後もっとも力を入れていくのは「農業部門」になるのだという。生産は必ずしも施設内でおこなうことを「是」としないのも、村井理事長の事業家としての発想だ。自らが開発した「海水農法」のノウハウを生産のプロでもある近隣農家(60歳以上の高齢者)に公開し、農作物を委託生産(収穫物はすべて法人が買い取る)することで地域の高齢者たちにも働く場を提供する。まさに共生自立型就労農業と呼ぶにふさわしいシステムである。
昨年度の農作物の全体売上は1億6千万円程度だが、今年度予測は2億円の予定であり、2012年には3億円まで売上拡大が見込める予定だ。「海水農法というオリジナルのノウハウがあるからこそ、強気の事業予測が立てられます。付加価値ある商品さえ作れれば、日本の農業は今やビジネスチャンスだと私は思いますよ」と、村井理事長。ポイントは普通のものを作らないことに限ると強く主張する。そのためにも、作物の品種改良から手掛けてしまうという研究熱心さ。いまだに施設には一番乗りで出勤し、「品質改良研究所」の所長として早朝から受粉や種子採取といった基礎作業をおこなっている現役の農業研究者でもある。「施設利用者の経済的自立のために、少しでも高い工賃を」という理想を実現するために、村井理事長は今日も畑に入って新しい製品開発をおこなっているに違いない。
【追記】
本年度(平成22年)11月22日(月)〜23日(火)には、「第3回全国海水(塩)農業セミナー」が開催される。作業科目に農産物を採用されている他施設の皆さんも、海水農法に対する最新の情報を得るために一度参加されてみてはいかがだろうか。
(文・写真:戸原一男/Kプランニング)
社会福祉法人佐賀西部コロニー(佐賀県太良町)
http://www.hagakure.ne.jp/seibu-co/
※この記事にある事業所名、役職・氏名等の内容は、公開当時(2010年08月02日)のものです。予めご了承ください。