特定非営利活動法人日本セルプセンター

お問い合わせ

Reportage

SELP訪問ルポ

社会福祉法人いずみ野福祉会(大阪府岸和田市)

公開日:

いずみ野福祉会の概要

いずみ野福祉会は、第三岸和田作業所(生活介護事業/就労移行支援事業)・東山自立センター(身体障害者通所授産施設)・ワークショップきしわだ(生活介護事業/就労継続支援B型事業)・岸和田障害者共同作業所(生活介護事業/就労継続支援B型事業)・かれー屋さん(「岸和田障害者共同作業所」就労支援移行事業)・セルプショップぶなの森(「岸和田障害者共同作業所」生活介護事業)・泉南作業所(知的障害者通所授産施設)・高石障害者作業所(知的障害者通所授産施設)・つじやま作業所(生活介護事業/就労継続支援B型事業)等、多数の就労支援事業所&施設を運営する社会福祉法人である。

この他にも、泉南デイホーム(知的障害者通所更生施設)や山直ホーム(生活介護事業/施設入所支援事業/短期入所事業)・梅の里ホーム(生活介護事業/施設入所支援事業/短期入所事業)、27棟にも及ぶグループホーム・ケアホームなどの生活の場、地域生活支援センターかむかむ(居宅介護事業/重度訪問介護事業/移動支援事業/相談支援事業)等、地域に住むあらゆる障害者のニーズに応えたさまざまな事業を展開してきた。

いずみ野福祉会の特徴の一つが、無認可共同作業所から発展した組織らしい積極的な障害者運動への参画である。2006年から施行された障害者自立支援法の制定時などは、全国の障害者団体と力を合わせ、行政に対して、法律の抜本的改正、応益負担の撤回を求めて、粘り強い訴えかけをおこなっている。日比谷公園で実施された「10.31大フォーラム」には100名を超える参加者を送り込んだ実績を持つ。

その一方で、新しい時代に対応した施設経営のあり方もいち早く導入。組織の基盤強化を実現するための基本プログラムを作成し、「改革すべき経営の弱点」に対して次々と手を打ってきた。板原克介理事長が、法人30周年誌「新たなる時代へ 風」の冒頭文で「この福祉冬の時代にあって、なおかつ切実さに応え、福祉事業を発展させるには我々の微々たる前進に甘んじていたのではだめだ」と記しているように、時代にあった組織や事業のあり方をつねに模索する革新性を兼ね備えた組織なのである。

全施設の厨房のセントラルキッチンとして事業化した「eキッチン田空水」

そんないずみ野福祉会が、2010年度よりスタートさせた新しい事業所が「ワークショップきしわだ」だ。「eキッチン田空水(たくみ)」「豆富工房 白富士」「そうじマイスター」という三つの事業の柱を用意し、より高い工賃をめざす、一般就労に向けた自立促進型の事業所として位置づけている。

中心となるのは、「eキッチン田空水」である。法人内17施設の厨房を一つに集約し、セントラルキッチンとして機能させることによって利用者の働く場を生み出すという事業だ。経営的には「人材の集約による効率化」と「新たな就労の場の設立」という一石二鳥を狙っている。

2006年の障害者自立支援法の制定によって、利用者たちは食事の実費負担に加えて、厨房スタッフの人件費も全面的に負担する義務を生じることになってしまった。調理師、栄養士などの専門スタッフを抱えたままでは厨房経営が破綻してしまうため、経費削減策として食堂そのものを外部委託に切り替えた施設も全国的には数多い。しかしいずみ野福祉会では、職場の仲間たちが作る「利用者個々にあった美味しい食事」という考え方を守りたかった。そこで厨房をセントラルキッチン化するという考え方が生まれたというわけである。

ここで採用されている給食システムは、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン内の全飲食店でも採用されている「クックチルシステム」と「eクッキングシステム調理革命」という最先端技術だ。食材の調理はすべてセンターである「eキッチン田空水」でおこない、それらを急速冷却した後、各施設にトラックで輸送・保管する。現場の厨房では、配膳時にスチームコンベクションで再加熱するだけで、もとの美味しい料理が再現されるという仕組みだ。集中給食システムの中でももっとも進んだ技術であり、コストの削減、味の均一化、食中毒事故防止等々、メリットは数多い。

このシステムを採用することで調理作業が平準化され、作業内容もわかりやすくなる。結果的に障害者が働きやすくなり、法人全体の食事を作る給食センターがそのまま就労継続B型事業所としても機能するということになったわけである。現在、1日に850食(朝100食・昼600食・夜150食)の食事が、「eキッチン田空水」で製造され、毎日法人内の11施設28ホームに配送されている。

大阪一の有名豆富店の技術指導を受けた「豆富工房 白富士」

「ワークショップきしわだ」の新しい食品事業として、最近話題になりつつあるのが「豆富工房 白富士」である。国産大豆と天然にがりと不純物を除去したピュアウォーターだけを原料に使い、昔ながらの手法で丁寧に作った豆富は、豆の味がしっかりと残った本格的な味わいだ。弾力がありながらも口の中でふわりととろけていく絶妙の食感に、病み付きになる人も多いだろう。

この素晴らしい豆富づくりの技術を伝授してくれたのは、大阪・堺市にある「安心堂白雪姫」という、大阪で一番美味いと評判の豆富店社長の橋本太七さんだ。開業25年、創業時から頑固なまでにホンモノの味にこだわった豆富を作り続けてきた氏が、「利益率が良く、高い工賃が支払える事業を探していた」いずみ野福祉会からの依頼に全面的に協力するという形で、現場を仕切る青淵嘉生リーダー(29歳)に豆富づくりのノウハウを基礎から仕込んでくれた。

「凝固剤を入れずに天然のにがりで固める豆富なので、毎日同じ味の豆富を作るのが本当に難しいです。一番緊張するのは、豆富を固める時ですね。水の温度、室温、豆の状態を見極めながら、にがりを投入して『ワン・ツー』で一気に攪拌して、豆富を固めます。どうやって均一ににがりを混ぜるかによって、豆富の仕上がりがまったく変わってくるのです。開業してから半年になりますが、つねに緊張の連続。この時ばかりはまわりも声を掛けられないくらい、必死の形相になっているようです(笑)」(青淵さん)

そうはいっても、さすがに「職人魂を持ったモノづくりのプロ」として法人の中から選ばれた氏らしく、現在では師匠もお墨付きの豆富を作れるまでの腕前になった。一丁150円の豆富だが、近隣住民の間では「美味しい豆富」として有名になりつつある。週一回、近くの喫茶店の駐車場で定期的におこなっている出張販売会では、持参する70丁あまりの豆富がわずか10分で完売してしまうほどの人気なのだとか。すでに喫茶店でお客さんが待っていてくれて、開店と同時に一気に押し寄せてくるわけだ。施設入り口の販売コーナーにも、豆富を購入しにやって来る住民たちが少しずつ増えている。

木綿豆富、絹ごし豆富、うす揚げ、厚揚げ、豆乳、おからといった定番メニューに加えて、豆乳おからドーナツなどの新商品も開発中である。まだまだ始めたばかりの事業のため数値的な実績には乏しいが、今後は施設の新しい「顔」としてどんどん地域の中で広まっていくことだろう。

一般企業への就労支援活動をめざした「かれー屋さん」

いずみ野福祉会のもう一つの取り組みとして、「かれー屋さん」を取りあげないわけにはいかない。「ワークショップきしわだ」開設の3年前、2007年10月よりスタートさせた就労移行支援事業である。南海電鉄「岸和田駅」の高架下、20坪ほどの小さなカレーショップであり、7名の利用者が2年間の時限付きで一般企業への就職をめざして働いている。この事業を始めた理由について、籔文章常務理事(54歳)は次のように語っている。

「いずみ野福祉会が30周年を機に今後の法人のあり方を考えた時に、これまで自分たちは就労実現という観点が少し弱いと気づきました。無認可作業所の時代から考えると、ある程度の工賃を支払える施設になったことで満足してしまっているのではないか? 本来はもっと一般就職のためのサポートが必要なのではないか?ということです」

目的はあくまで就職サポート事業のため、施設内ではなく普通の独立した店舗とし、福祉関係者を顧客対象としない駅前の好立地に店を構えることにした。地域性を考慮して日曜祝日は休日となっているが、平日のランチタイムは11時〜15時、ディナータイムは17時〜21時まで営業するというスタイルは、まったく通常の飲食店そのものである。利用者たちも早番・遅番に分かれ、接客や調理補助といった仕事をこなすことで、一般就労に向けた訓練が体験できるようになっている。

店の最大のウリは、「大阪難波・自由軒」のカレールーを使っている点だろう。自由軒といえば、大阪難波を拠点とし、創業明治43年という長い歴史を誇る大阪名物のカレー店だ。そんな超有名店のカレーは、府内に4店ある専門店以外では決して味わうことができない。しかし「かれー屋さん」に行けば、難波まで行かなくてもあの「自由軒」の味を楽しむことができる。そんなわけで岸和田にも多い「自由軒」マニアの間では評判となり、人気のカレーショップになっているのである。

スタートして2年。初めて期限を迎えた昨年度には、3名の就職が決定した。残念ながら就職につながらなかった利用者も、新しく開設した自立促進型の事業所である「ワークショップきしわだ」に入所してもらい、就労支援を続けていくことになっている。

「今年はさらに多くの就職実現をめざしています。時限は2年間ですが、就職が決まったら期限にとらわれず、どんどん実習に出していくのですよ。おかげさまで最近は、障害者雇用制度に加えてトライアル雇用等の制度もあるので、企業側からのニーズは高いと思います。コスト的にもメリットのある形で、障害者を雇用できるからです。法人としても初めての取り組みでしたが、本当にやって良かったですね。一般就労への努力は、今後も法人として積極的におこなっていかなくてはいけないと痛感しています(籔常務理事)

具体的な数値目標をはっきりと語る、各組織のリーダーたち

最後に、「ワークショップきしわだ」「かれー屋さん」の事業のリーダーたちにそれぞれ今後の目標を伺ってみた。

「現在、13,000円の平均工賃を、年内に30,000円にまで引き上げたいですね。法人内のセントラルキッチンということで事業のスタートを切りましたが、目標はもちろん外部の給食も受注して、地域の給食センターになることです。そこまでいけば、十分にA型事業所として運営が可能になると思います。3〜4年後にはぜひ実現させたいですね」(鈴木徹生さん「eキッチン田空水」リーダー)

「掃除部門の平均工賃は、35,000円。年内の目標は40,000円にすること。工賃アップはもちろんですが、一般企業への就職も実現させたいですね。内部にとどまるよりも、できれば外にどんどん羽ばたいてもらいたいです」(待鳥敏克さん「そうじマイスター」リーダー) 

「とりあえず現在9,000円ほどの平均工賃を、10,000円までに引き上げるのが年内の目標です。早く『eキッチン田空水』や『そうじマイスター』の事業規模に追いつけるように頑張りたいと思います」(青淵嘉生さん「豆富工房 白富士」リーダー)

「私たちの仕事は、就職させて当たり前。昨年は3人でしたが、今年は6名の一般就職を目標にしています。個々の特性を見極めてじっくり支援していけば、能力の高い人なら必ず就職への道が開けると思いますよ」(松岡義朋さん「かれー屋さん」店長&今西恒毅さん「かれー屋さん」就労支援員)

このようにどの部門の担当者も、実に明確な目標を持っている。このように具体的な数値がすらすらと出てくるということは、日頃から短期・長期目標を常に意識して活動をおこなっていることの証だろう。籔常務理事によると、「『ワークショップきしわだ』や『かれー屋さん』はモデル事業として、今後のいずみ野福祉会のあり方をリードしていく存在」なのだという。その事業成果は、きっと全国の他の施設にも参考になるに違いない。各事業の若いリーダーたちの活躍に、是非とも注目していきたいと思う。

(文・写真:戸原一男/Kプランニング

社会福祉法人いずみ野福祉会(大阪府岸和田市)
http://s-izumino.jp

※この記事にある事業所名、役職・氏名等の内容は、公開当時(2010年11月01日)のものです。予めご了承ください。