Reportage
SELP訪問ルポ
社会福祉法人東京ムツミ会(東京都新宿区)
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東京ムツミ会の概要
東京ムツミ会は、主に精神障がい者の支援を目的としたファロ(就労継続支援B型事業、地域活動支援センター、相談支援事業、居住サポート)を運営する社会福祉法人である。
1985年に新宿区精神障害者家族会によって開設されたムツミ第一作業所がスタートであり(ファロの前身は、二年後に作られたムツミ第二作業所)、2002年に社会福祉法人東京ムツミ会が設立(小規模通所授産施設ムツミに事業変更)。その後、2008年に障害者自立支援法(当時)が制定されたのを機に、事業所名をファロと改め、現在の4事業へと移行していった。
大都心・東京の中心ともいえる新宿区内のビルの一角に拠点を構え、地域で暮らす精神疾患を抱える人たちの仕事と生活をサポートする。都会ならではの発想を取れ入れたユニークな事業展開を進めている社会福祉法人である。
ファロで展開されている主な作業
就労継続支援B型事業で実施されている主な作業は、次の4つである。
- ① 軽作業(ビニール袋折り、シール貼り、DM封入等)
- ② 自主製品づくり(七宝焼)
- ③ 公園等の清掃、消火器点検、花壇整備
- ④ 養蜂作業
新宿区には出版社が多いため、印刷業は地場産業となっている。そのため印刷関連会社から発注される軽作業が数多くある。新宿区では2009年から公益財団法人 新宿区勤労者・仕事支援センター(以下、仕事支援センター)を立ち上げ、区内の障がい者就労支援事業所約30施設のネットワーク化を進めてきた。ファロはその一員として、仕事支援センターから紹介される下請け作業を積極的に受注してきたのである。
作業の内容は、室内での軽作業と野外作業の2つに大別される。利用者一人ひとりのその日の体調に合わせ、希望する仕事に参加できるように配慮されている。静寂な中でコツコツと進める室内作業に適した利用者がいる反面、野外に出ると大活躍する利用者もいる。一人ひとりの個性に合わせた仕事が選択できるため、精神疾患のある人たちでも安心して職場に通うことができるのだ。
「しんじゅQualityプロジェクト」 に参加
2017年より新宿区では「新宿区障害者福祉事業所等ネットワーク事業」を立ち上げた。区内の福祉事業所で働く利用者たちの就労機会の創出、勤労意欲の向上、工賃向上、社会参加等の創出を目的とする新しい活動である。仕事支援センターを中心とする共同受注から一歩前進し、集うことによって生まれる社会的価値を福祉事業所自らが積極的に活用していくことを狙いとする。
事業名は区内の障がいのある当事者から公募し、「しんじゅQuality」と決定。シンボルマーク・ロゴマークも作成し、このブランドに相応しい商品の選定(参加事業所より応募)、共同開発商品(点字用紙を活用した紙袋:参加事業所で製作)などの活動が始まっている。「しんじゅQuality」製品は、丸井新宿店にて販売会も実施され、大反響を得たのだと徳堂泰作施設長(53歳)は語る。
「ファロからは七宝焼を出品しました。これまでは福祉関係のイベントで細々と売っていた商品だったのですが、丸井さんでは1週間で50個以上売れました。いくら良い商品を作っていても、一般のお客さんの目に留まるところで売らないとダメと言うことを痛感しましたね」
この販売会の成功を受け、丸井新宿店では年2回の定期開催が決定。さらに新宿高島屋での開催も実施されることになったのだという。ファロ単独では想像もできなかった大企業とのコラボが実現できたのは、ひとえに「しんじゅQuality」というネットワーク化の成果である。徳堂施設長はそれを痛感し、近年はますます他事業所とのタイアップ事業に力を注ぐようになった。
大注目を浴びる「しQみつばちプロジェクト」
さらに徳堂施設長は「しQみつばちプロジェクト」を発案し、ファロが中心となって2019年から養蜂事業をスタートさせている。養蜂事業から生まれる「飼育」「ビン洗浄」「ビン詰め」「ラベル貼り」等のさまざまな作業を、区内の複数事業所が分担して実施するというものだ。メイン作業である養蜂(ミツバチの飼育)そのものは、提案施設であるファロが仕事支援センターから受託する形をとっている。養蜂事業を考案した理由について、徳堂さんは次のように語る。
「日本で最初に実施された西洋ミツバチ飼育場があったのは、内藤新宿試験場(現在の新宿御苑)だそうです。銀座蜂蜜など、ちょうど都市型養蜂が話題になっていることを知り、新宿御苑のすぐ裏に拠点を構える私たちにも可能ではないか?とずっと昔から構想を温めていたのです」
施設単独ではなかなか実現に至らなかったこの企画が、「しんじゅQuality」の共同開発事業とすることで一挙に日の目を見ることになった。飼育場所(四谷区民センター9階 通路北側植栽エリア)もボランティア指導員(中里仲司さん)も、仕事支援センターの協力ですぐに見つかり、ミツバチ購入費や飼育箱等の初期投資もプロジェクト負担とすることでクリア。ファロでは週に1回、事務所から徒歩10分ほどの養蜂場まで利用者たちが出向くようになっている。
初年度から約60kgの収穫ができ、50g入り800円の蜂蜜は百貨店等でのイベント販売や区内の福祉ショップで大人気となった。2020年からは収穫を増やすために養蜂をさらに新宿区立障害者福祉センター屋上にも設置。200g入り2,800円の大瓶や、巣みつ(重さで価格を設定、約5,000円)などの商品アイテムも揃った。
話はさらに大きくなっている。丸井新宿店のイベント販売で話題になったこともあり、区内にある複数の老舗和菓子店とのコラボも実現。「新宿しQハニー」を使ったどら焼きやパウンドケーキが、今度は伊勢丹新宿店において期間限定販売されたのだ。障がい者たちが育てて作った地元の蜂蜜を使ったオリジナル商品は大きな注目を浴び、どの商品もあっという間に売り切れてしまったという。
▲オシャレなパッケージに包まれた新宿しQハニーと、巣みつ(写真提供:新宿区勤労者・仕事支援センター)
養蜂を中心として、地域コミュニティの中核に
ファロの今後の展望について、徳堂施設長に伺ってみた。
「これからは、ますます施設単独では生き抜くことが難しい時代になっていくと思います。そこで大切になるのが、共同受注・共同生産といった複数施設によるネットワーク構築。社会的価値のあるモノづくりを、障がい者の施設が生み出すといった発想を広げていきたいですね」
とくに養蜂事業には、限りない可能性があるという。ミツバチを育て、蜂蜜を採取する作業には、じつは「自然環境保全」という大切な役割がある。農薬によって自然界にミツバチが減少しつつある現在、農家では果物や野菜などを育てるための受粉作業に支障が出始めており、大きな社会問題となっている。ミツバチは人にとって大切な生きものであり、その役割をもっと広く伝える必要がある。養蜂場の見学や、蜜の採取等の活動を地域住民(とくに子どもたち)と一緒に実施することで、都市型養蜂の価値はますます高まっていくはずなのだ。
「すでに近隣の小学校の課外授業として、何度か養蜂見学を実施してきました。こういった活動を広げることで、自然と障がいのある人たちに対する理解も進んでいくような気がします。それが結果的に、ファロの事業そのものに好影響を及ぼすはずだと私は信じています」と、徳堂施設長。
新宿という地の力を活かし、「しんじゅQuality」というネットワーク化によって、次々と地域住民、地域企業、地域行政とのつながりを広めていくファロの活動。都市型の障がい者福祉事業所の1つの理想として、今後も新たな動きを生み出していってほしい。
(文・写真:戸原一男/Kプランニング)
社会福祉法人東京ムツミ会 ファロ(東京都新宿区)
http://www.mutumi.or.jp
※この記事にある事業所名、役職・氏名等の内容は、公開当時(2021年01月01日)のものです。予めご了承ください。