Reportage
SELP訪問ルポ
社会福祉法人敬和会(鹿児島県南九州市)
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敬和会の概要
敬和会は、障害者支援施設 知覧育成園(施設入所支援事業・生活介護事業・短期入所支援事業)、障害者自立支援センター けいわ(就労継続支援B型事業・生活介護事業)、障害者自立支援センター ぱれっと(生活介護事業・日中一時支援事業、障害者就労支援センター みらい(就労継続支援A型事業・就労継続支援B型事業)、自立支援センター ハーモニー(生活介護事業・日中一時支援事業)、就労支援センター ハーモニー(就労移行支援事業・就労継続支援B型事業)、グループホーム 知覧(共同生活援助事業)、なんさつ障害者就業・生活支援センター等の障がい者支援事業所を運営する社会福祉法人である。
この他にも、サポートセンター る・トレフル、特別養護老人ホーム ちらん敬和の郷、サポートセンター ら・フロレゾン、地域福祉交流プラザ 敬和ホール等の児童福祉事業、高齢者福祉事業等も展開している。
法人のスタートは、1993年に設立された精神薄弱者授産施設 知覧育成園である。近隣にあった仏壇の製造工場と提携し、木地の研磨や塗装等の仕事を主に請け負っていた。2002年に知的障害者福祉工場 未来工芸社を開設すると、仏壇作業、家具・棚等の組立、だしパック用の魚粉粉砕・袋詰といった三本の柱を中心とした「高い工賃を稼ぐための」就労事業を展開していった。
キノコ栽培へ事業転換を進めた理由
敬和会に転機が訪れたのは、2008年の新体系移行であるという。福祉工場 未来工藝社が、障害者就労支援センター「みらい」(以下、みらい)となってA型、B型の2つに事業体系を変えるにあたり、頭打ちとなっていた仏壇づくりの仕事を思い切って一新し、新しい作業科目に取り組む必要があると考えたのだ。当時のことを松久保和俊理事長は、次のように語る。
「法人として2006年くらいから新体系への移行プロジェクトを始めていまして、新しい作業科目は何がいいだろうかという検討を進めていたのです。勉強会を重ね、全国の施設や企業をいろいろ視察する中で見つけたのが、菌床しいたけ栽培でした。毎日出荷できることと、市場・近隣スーパー・JAなどの販売先が多く、販路の拡大を見込める地域で取り組めることが魅力的でした」
そうはいっても、しいたけ栽培に関してはまったくの素人集団である。当初は菌床そのものを企業から仕入れ、栽培・出荷のみをおこなうスタイルを予定しており、実験的に取り組んだのだという。しかしこのやり方だと、期待するほど収穫量が上がらないことがわかる。菌床しいたけ栽培でA型事業を運営するという構想だったため、1年間で30,000〜40,000菌床を栽培しなければならない。だとしたら菌床製造そのものから取り組む方がいいという専門家のアドバイスを受け、本格的な菌床しいたけづくりに取り組むことになったのだ。
「50坪の菌床製造室を建てるのに、約5,000万円投資しました。ちょうど新体系への移行助成金(自立支援基盤整備事業)等を活用できたので、法人持ち出しは約1,000万円ほどで済みました。ここで本格的な整備導入ができたから、現在の成功につながったのだと思います」と、松久保理事長。
栽培室には、約40,000個の菌床がズラリと並ぶ
みらいの菌床しいたけ事業は、新体系への移行と同時に、菌床づくりからスタートしています。最初にチップ(オガクズ)と栄養体(米ぬか、麦の殻など)をミキサーで混ぜ、菌床となる土の塊である培地を作っていく。これを機械で培養袋に詰め、口を折りたたんで台車に並べる。次に高圧殺菌釜で約6時間かけて殺菌(100℃で雑菌、118℃でバクテリアを殺菌)し、冷却室で一晩かけて冷やすのである。
殺菌された培地に「きのこの菌」を接種することで、菌床のもとが完成する。これを室温20℃、湿度60℃前後に空調管理された培養室に移し、70〜90日間培養。もちろんその期間中も、菌が全体に行き渡るように横向きに押して、空気を入れ込むなどの細かな目配りが必要だ。菌が全体にいきわたり、完熟するとようやく菌床の完成であり、しいたけを栽培する発生室へと移動させるのである。
「1つの菌床から、しいたけがだいたい800〜900グラム収穫できます。これを発生室の中に、約40,000個設置してあります。菌床は6ヶ月ほどで使えなくなりますから、常に次に使う菌床を約40,000個育てています。だから予備も含めると約80,000個の菌床を取り扱っていることになりますね」と、サービス管理責任者の伊藤武志さん。
菌床しいたけ事業を成功させるためには、「良質な菌床を製造すること」に加えて「栽培に適した環境を整えること」も大切である。それによってしいたけの収穫量がまるで違ってくるからである。菌床の内製化に取り組んだ当初はなかなか上手くいかなかったが、トライ&エラーを重ねるうちに少しずつ技術ノウハウを蓄積。独自のアイデアでオリジナルの配合も発見するなど、良質な菌床を作れるように成長していった。今ではむしろ種菌を製造する業者から「菌床を売ってほしい」と依頼されるほどであり、製造する全菌床の1/4が外部へと出荷されているというのだから驚きだ。
今後の展開
みらいが本格的な菌床栽培に取り組み始めて、約13年。今のところ売上も好調であり、キクラゲ栽培も始めるなど事業は順調に推移しているようだ。安定した収益と作業の円滑化をめざし、職員と利用者は交代シフトを組んで工場を365日稼働する(A型事業所)など、意欲的な取り組みの結果だろう。現場では19名の利用者と5名の職員が、シフト制で勤務し、常にしいたけを管理しているのである。伊藤さんは言う。
「しいたけは毎日生えてきます。収穫時を遅らせてしまうと、せっかくのA級品もB級品に下がってしまいますから、収穫を1日でもストップすることはできないのです。盆も正月もなく、連続した休みを取ることは難しいのですが、みんなで分担しながら何とか乗り切っています。休みがないというのは、逆に言うとそれだけ仕事があることです。菌床づくりから、栽培、加工、販売とさまざまな作業が生まれていくのがきのこ作りの最大のメリット。障がいのあるたちには、とても合っている仕事だと思うのです」
最後に今後の事業展開について、松久保理事長に伺ってみた。
「鹿児島県では、菌床しいたけの需要に対してまだまだ供給量が追いついていないのが現状です。コロナ禍の中にあっても売上はほとんど下がりませんでしたし、しばらくは地産地消の農産物としての需要は続くでしょう。もちろん、その後のことも想定しておく必要はあります。しいたけに続いて出荷を始めたキクラゲは好調ですし、新たな種類のきのこ栽培も実験的に取り組む予定です。ナメコ、シメジはいつでも出来ますし、もしかしたら松茸だって可能かもしれません。現状の大規模単品栽培ではなく、少量多品種栽培への切り替えもメドに入れながら、多様なきのこ栽培に対応できるよう今から準備しておきたいですね」
このように仏壇製品づくりからのダイナミックな事業転換を図り、菌床しいたけづくりを成功へと導いたのは、なんと言ってもトップの思いきった決断と事業投資に尽きる。キノコづくりにかける松久保理事長の熱い思いは、まだ道半ばにすぎない。今後のさらなる活躍を期待したいと思う。
(写真提供:社会福祉法人敬和会、文:戸原一男/Kプランニング)
社会福祉法人敬和会(鹿児島県南九州市)
http://kagoshima-keiwakai.jp
※この記事にある事業所名、役職・氏名等の内容は、公開当時(2021年08月21日)のものです。予めご了承ください。