Reportage
SELP訪問ルポ
社会福祉法人ひばり(神奈川県藤沢市)
公開日:
ひばりの概要
ひばりは、ハートピア湘南(就労移行支援事業、就労継続支援B型事業)、コーヒーポット(就労継続支援B型事業)、らいく・みーこむ(就労継続支援B型事業)、湘南むぎばたけ(生活介護事業)、ひばりの宿(共同生活援助事業)等の障がい者福祉サービス事業所を運営する社会福祉法人である。この他、湘南ひばり保育園、藤沢ひばりっこ保育園などの児童福祉サービス事業所も運営する。
事業所の始まりは、1989年に開所した障害者地域作業所ランドリーひばりであった。無認可作業所であるにも関わらず、当初から作業種目としてクリーニングを行い、3万円以上の月額平均工賃を達成していた。この実績からわかるように、障がいのある人たちが少しでも高い工賃を稼げるような事業運営にこだわり続けている。法人化された1999年からは一般就労にも力を入れ、現在までにのべ150人程度の利用者たちを近隣企業へ送り出している。
作業環境の改善が徹底されたクリーニング工場
ハートピア湘南のクリーニング工場を見学していくと、全体的にとても整理整頓されていることに驚かされる。各機械の天井部にも、「①洗濯機35kg」「②洗濯機50kg」「③洗濯機100kg」「④乾燥機100kg」「⑤⑥乾燥機50kg」「⑦ロールアイナー」「⑧シーツフォルダー」「⑨タオルフォルダー」「⑩ボディプレス」「⑪スリーブプレス」「⑫カラープレス」「⑬平プレス」「⑭ズボンプレス」…といった札が掲げられ、わかりやすく配置されているのである。
取材したのが8月の猛暑日であったにもかかわらず、クリーニング工場特有のムンムンした熱気はそれほど感じられなかった。今年から導入したというドライミストが工場内に10個設置されていて、霧を浴びながら作業が行えるようになっているためだ。また乾燥機など熱を発する機械のまわりには、銀の断熱材が全面に巻かれている。そのため普通なら尋常ではないほどの高温となるシーツ乾燥機の近くでも、利用者たちは平然と働いている。
「クリーニング部会の研修で熊本の企業を見学したときに、断熱材のことを知りました。お金をかけられないので、市販の断熱材を自分たちで巻いただけですが、効果は絶大です。利用者たちからも『ぜんぜん違うよ!』と大好評でした」と、鈴木所長(54歳)は語る。
洗濯物をたたむ等の工程の床には、薄いクッションが設置されている。硬い床の上で立作業を続けていると、どうしても膝に負担がかかってしまう。これを少しでも和らげる対策をやはり同研修会で学び、一昨年から導入したのだという。このようなちょっとした工夫が労働環境を向上させ、作業効率の向上にもつながるはず。工場内には至るところに、働きやすい職場づくりへの意識が溢れている。
タスカルカードに触発されて、「見える化」を徹底
現場でもう一つ注目したことがある。それは、各所にさまざまな指示やユーザー名が書かれた「カード」が添付されている点だ。洗濯物が入ったカゴ、作動中の洗濯機、乾燥機、プレス機等々、すべての行程にカードが付けられているのである。これは、「進行中の洗濯物が、今どんな状態にあるのかわかるようにする」ために考えられたシステムなのだという。
ユーザー名が書かれたカード(どこのお客様の洗濯物なのか)、再作業指示カード(汚れによる再洗指示等)、作業状況説明カード(続きは休憩中の●●さんがやる等)、作業指示カード(続けてこの作業を実施する)……等々。ちょっと細かすぎると思えるほどに、徹底的にすべての工程でカードが添付されている。このカードのおかげで「誰が見てもわかる職場」となっていて、休憩・担当者交代による引き継ぎにもスムーズに対応することができるのだ。利用者たちも「自分たちは、何の仕事をしているのか」が理解しやすいため、職員の指示を仰がなくても次行程にスムーズに仕事を回せるようになった。
「このシステムを導入したのは、セルプ協の研修で茨城県のゆうあいキッチンさんのタスカルカードの話に触発されたからですね。仕事全体をカード化し、可視化することによって、利用者たちが自発的に働けるような職場環境を生み出したというタスカルカードの話を聞いて、さっそく自分たちも取り組んでみようと考えたのです」と、鈴木所長。
システムといっても、これまでは口頭で行ってきたことを、あえて細かくカードでの指示に切り替えたにすぎない。しかしこの改革によって仕事を利用者に任せられるようになったので、職員はつねに付き添う必要がなくなった。空いた時間を作業全体の管理に向けることができ、利用者支援の質も大幅に向上したのである。これは、まさにタスカルカードの本質を突いている。ハートピア湘南は異分野のシステム(ゆうあいキッチンは、弁当製造工場)を、自分たち流にアレンジして成功導入させた希有な事業所だともいえる。
コロナ禍を生き延びる秘訣は、「何でもやる」精神だ!
新型コロナウィルス感染拡大の影響は、ハートピア湘南のクリーニング事業に大きな打撃を与えている。何しろ中心となる洗濯物がホテルなど観光施設のタオル、シーツ、寝間着類のため、仕事量は約6割減少してしまったのだ。事業所の近隣でも感染者が続出したため、緊急事態宣言の発令後は、5月末まで思い切って利用者は在宅勤務へと切り替えた。この間、特例で居宅支援が認められたため、自宅で家族の洗濯物を洗うこと等が彼らの仕事になったのだという。
クリーニング以外の仕事の確保にも、鈴木所長は積極的に取り組んでいる。自身が神奈川セルプセンターの会長を務めていることもあり、障害者優先調達推進法をできるかぎり活かした軽作業・物販業なども行っているのだ。
「日本セルプセンターとの連携によってウエス部会からウエスを仕入れて販売したり、防災用品として名古屋ライトハウスさんのパンの缶詰を販売したり、物販業はこれからとても可能性がある分野だと注目しています。障害者優先調達推進法の発注項目として、官公庁からはさまざまな要望が出ているのです。それを自分たちの仕事とは関係ない分野とあきらめてしまえば、チャンスは活かせません。たとえ大量の切手の発注でも、切手類を販売する業務を受託して、手数料を得る。いわば『何でも屋』精神は、多様な人たちが働くうえでとても重要だと私は思います」
鈴木所長のこうした考えは、企業から軽作業の大量発注を獲得し、それを県内の福祉事業所で分担して行うなどの実績(神奈川セルプセンター)にもつながっている。不況にあえぐコロナ禍にあっても、利用者たちの工賃を安定的に確保する仕事はないか。現在の作業種目にこだわることなく、柔軟な発想で前を向いて新たな時代に対応していく──。ハートピア湘南は、それを模索してダイナミックに実践し続ける施設である。
(文・写真:戸原一男/Kプランニング)
社会福祉法人ひばり・ハートピア湘南(神奈川県藤沢市)
https://www.s-hibari.or.jp/facilities/heartpia/
※この記事にある事業所名、役職・氏名等の内容は、公開当時(2020年11月01日)のものです。予めご了承ください。