Reportage
SELP訪問ルポ
社会福祉法人平成会(岩手県一関市)
公開日:
社会福祉法人平成会の概要
平成会は、「ホームラン」(就労継続A型事業)、「ブナの木園」(知的障害者通所授産施設/新体系未移行)、「マイリバー」(知的障害者通所授産施設/新体系未移行)、「ルンルン」(就労継続B型事業)、「ヒットエンドラン」(就労移行支援事業)等の障害者就労支援事業を運営する社会福祉法人である。この他「メイフラワー」(就業・生活支援センター)、「ほのぼのステーション」「地域活動支援センター一関」(地域活動支援事業)、「ニコニコハウス」(就労移行支援事業・生活訓練・宿泊型自立訓練)等を運営し、さらに「農業天国」(就労継続A型事業)を本年度12月には新たに開設予定である。
法人の設立は、平成4年の知的障害者通所授産施設「ブナの木園」の開設に遡る。当初は24名の利用者が「健康で楽しく過ごせれば良い」ということをモットーにした一般的な授産施設であった。作業科目は、小規模の下請け受託作業と花卉栽培であり、利用者工賃も月額1万円にも満たなかったという。しかしこのままでは平凡な施設で終わってしまうことを恐れたスタッフたちにより、平成7年から生産活動活性化を掲げたプロジェクトがスタート。受託作業から自主生産作業への転換を掲げ、「フラワーレンタル」という新しい事業システムを発案したり、最先端の自動製函機設備を導入することによって「下請け」から積極的な菓子箱製造事業等を展開するようになっていく。
プロジェクトの成果は数字に顕著に表れた。それまで年間売上が600万円程度にしか過ぎなかった「ブナの木園」の事業は、なんと1年で2,080万円へと大躍進。利用者工賃も、24,000円平均に大幅アップを達成している。このような「やれば出来る」という思いが、現在の平成会のダイナミックな事業展開を支える原動力になっている。歴史が比較的新しいにも関わらず、利用者数280名、職員数150名という規模の組織に急成長を遂げているニュータイプの社会福祉法人であると言える。
完全会員制!! 4,000世帯の会員を有する「ホームラン」の豆腐事業
平成15年に設立された福祉工場(現・就労継続A型)「ホームラン」の豆腐事業が、急成長を続ける平成会の事業展開のすさまじさを改めて感じさせてくれる。就労訓練の場であった「ブナの木園」と違って今度は、働く障害者たちを社員として迎え最低賃金以上の給料を保証しなければならない。そこで工場の事業科目は、日常的に何度も購入してもらえる「豆腐」と決定する。
すごいのはここからである。肝心の豆腐をつくる機械もノウハウもまったく用意されていない段階から準備室を設置。開発専門のスタッフを4名配置して営業戦略を策定した。豆腐は国産大豆100%、味には徹底的にこだわり、価格も高めの150円という設定にする。ロス率をできる限りなくすため、スーパー等には卸さず、直販オンリーとする。しかも待ちの姿勢の店頭売りはせず、攻撃的な営業スタイルである「配達販売」のみとする…。
一見無謀にも見えるこの事業計画を実現させるためには、なんといっても実際に商品を定期的に購入してくれる顧客をつくることが重要である。一定の顧客数なしでは、福祉工場という事業そのものが成り立たないからだ。それゆえ開発スタッフには、商品のサンプルもない段階から厳しいノルマだけが与えられた。まさに当時そのためのスタッフとして新たに法人に参加したという塚本圭さん(現マイリバー施設長・41歳)は、当時のことを振り返って笑いながら語ってくれた。
「商品もないのに、名刺を持って飛び込みで一軒一軒豆腐の営業をしてまわったのですよ。美味しい豆腐を買ってくれと言われたって、食べてみなければ味もわかりません。説明される方もびっくりですよね。サンプルも持たずに、何しに来たんだって?(笑)。田舎ですから、畑仕事に出ているお母さんやおばあちゃんたちを捕まえて一生懸命お願いしたものですよ。私たち4人に与えられたのは、半年間で3,000世帯という過酷なノルマでした。購入者がいなければ事業自体がスタートできないのだから、ホントに必死でしたね。私は以前、民間で営業畑にいた人間ですけど、よっぽど民間の時の方が楽だったかもしれません(笑)。」
彼らの「決死の営業活動」の結果、ノルマには満たなかったものの2,500世帯の会員を確保し、「ホームラン」の最低限の事業基盤が整った。この会員に対して毎日トラック数台で周り、一週間に一度は必ず契約した数の豆腐を購入してもらうというスタイルを確立したのである。不在宅にも特製の保冷庫に入れておくことで、契約販売数を崩さないというアイデアも盛り込んだ。まさに豆腐の牛乳宅配バージョンと呼べるだろう。現在の会員数は、4,000世帯まで拡大し、8台の軽トラックで、分担して配送に当たっているという。1台当たり、1日に回る戸数は100世帯という計算である。
この結果、現在の「ホームラン」の年商は、8,200万円にまで成長した。35 名の障害者職員の給料は、もちろん最低賃金の80,000円をクリアしている。二階堂隆工場長[管理者](41歳)によると、「値段的には決して安いとは言えない私たちの豆腐を定期的に購入していただけているのは、やはり味の良さなのではないでしょうか? 国産大豆が急激に値上がりしても、安い材料に鞍替えせず、嘘を付かないで真面目にコツコツやってきましたから。隣が豆腐屋さんなのに、ずっと購入していただいているお客さんもいるほどです。一関市内では、味噌汁に入れるのはスーパーの安い豆腐、生で食べるのはホームランの豆腐、というブランドが確立されつつあるみたいですよ」
新しくスタートした「マイリバー」が生産しているカシスとは?
「ブナの木園」や「ホームラン」で働く人たちよりもさらに重度障害の人たちを対象として平成18年に設立されたのが、知的障害者通所授産施設「マイリバー」である。この新しい施設の事業科目として選ばれたのは、「カシス」をメインにした製品製造であった。一般的には馴染みが薄いと思われるフルーツであるカシスを、専門的に事業の中心に据えるというのは実に大胆なアイデアである。塚本施設長はその点について、「ズバリ、珍しさと機能性の高さが、私たちがカシスに注目した最大の理由です」と語っている。自然豊かな里山の中に建つ施設だからこそ、カシス栽培から加工、販売までを一貫しておこなうことができることも大きかった。
そもそもカシスとは、北ヨーロッパを原産とするユキノシタ科スグリ属に属する灌木性果樹のことである。7月には甘酸っぱくさわやかな香りのする小さな黒い果実をつけるいわゆるベリーの仲間だ。酸味が非常に強いのが特色であり、海外では肉料理のソースや、ジャム、ジュースとして食べられているほか、カシスリキュールも有名である。日本ではケーキやカクテル(カシスオレンジ)として使われているが、似た系統の果実の代表格であるブルーベリーと比較すると一般的な知名度には大きな格差がある。
しかし昨今の健康ブームの中、カシスに含まれる抗酸化物質ポリフェノールの一種であるアントシアニンが豊富に含まれていることが注目され始めた。パソコンのモニターを長時間凝視することの多い現代人にとって、カシスアントシアニンは眼疲労に効果を発揮し、目の凝りをほぐし、一時的な近視状態を抑制するとも言われている。ビタミンやミネラルも豊富で、しかもバランスが理想的な配合だ。ビタミンCはオレンジの3倍、ビタミンAやβカロチンはオレンジのほぼ同等に含まれる。カルシウムとマグネシウムの摂取バランスの理想型は2:1と言われているが、カシスに含まれる成分比率はまさにこの数値である。抗酸化力も強いため、カシスを定期的に摂取するだけで老化や生活習慣病の原因とも言われる活性酸素を減らすことができるのだ。
まさに魔法のようなスーパーフルーツ。さまざまな観点から身体に良い(とくに目に良い)ことが注目されるカシスは、今もっとも注目されている果実の一つなのである。2005年には、カシスの効能を啓蒙し、毎日の生活習慣の中に取り入れてもらうための提案活動をすることを目的とした日本カシス協会も東京渋谷に設立されている。カシス生産者や研究者たちが結集した団体だが、「マイリバー」ももちろん法人会員となり、カシス普及活動の一翼を担っている。
さまざまな「マイリバー」のカシス製品
「マイリバー」がカシスを使って作り上げたオリジナル製品は、カシスジャム(140g入、630円)とカシスドリンク(50ml、210円)である。施設や近隣農家の農園で無農薬栽培されたカシスの味と香り、風味を十分に活かした製品だ。
カシス独特の酸味が評判のカシスジャムには、果実とグラニュー糖以外の混ぜものを一切加えていない。ジャムを作る際には、粘度を出すためにペクチンを加えたり、酸化防止剤としてクエン酸を加えたりするのが一般的だが、ここでは一切混ぜものは加えない。カシスの素材の味がそのまま楽しめる製品に仕上がった反面、価格もジャムとしては若干高額になった。カシス好きにはたまらない純度の高さが魅力な商品だが、土産品やスーパーでどんどん売れる商品ではない。高級商品として、販売ターゲットの確立が今後の課題だろう。
評価が分かれるのが、カシスドリンクかもしれない。カシスの効能を「栄養ドリンク」として摂取できるように作られた製品だが、原液100%ではもちろん飲みにくくて商品にはなりにくい。そのため県内産のリンゴ果汁を加えて飲みやすくしたのが現在のカシスドリンクだ(リンゴ60%、カシス40%の配合)。飲みやすく美味しいが、カシスが好きな人には少し寂しく感じられるような気がする。真心絶品の認定会議でも、ジャムと比較した場合のカシス度が問題になって、一度認定が見送られた。商品としては美味しいし、栄養ドリンク風の瓶も「目に優しい健康食品」という高級イメージを醸し出している。効能をきちんと謳えば販売もしやすい商品だ。「カシス入りドリンク」と表示を変えるか、カシスの配合を増やすか、どちらかの対応をすれば真心絶品としての取り扱いには問題ないだろう。
(追記:取材後さっそくカシス50%配合のカシスドリンクが送られてきた。たった10%の違いでこれだけカシス感が違うのか?と驚くような製品に変身した。そのため文句なしに新たな真心絶品認定商品として、8月1日より販売される予定である)
最近では、ホテルメトロポリタンのシェフのアイデアを具体化してカシスシュガーという新商品を試作した。グラニュー糖にカシス原液を混ぜ込み、乾燥させただけの単純な製品だ。それをオシャレな瓶に入れることによって、高級シュガーに早変わりしたわけである。この商品は、県内の有名シェフが経営するフレンチレストランで販売したり、銀座の有名な紅茶専門店にはOEM製品として卸している。非常にマニアックな商品である反面、生産効率は良く、付加価値が非常に高いため、販売ルートが確保できると新たな「マイリバー」の看板になる可能性は秘めている。
「カシスに対する一般的な認知度がまだまだ低いだけに、逆にチャンスだと思うんです。今のうちにマイリバーとしてのカシスブランドを確立することが大切ですね。カシス協会を通じてさまざまな人を紹介していただけるので、これからも有効に活用させていただきたいと思っています」と、塚本施設長。
事業拡大に備えて、材料となるカシスの生産量を確保しておく必要もある。素人の集まりである施設での栽培では心許ないため、近隣の農家を集めて「いわてカシス研究会」を立ち上げた。カシスの苗木を無償提供して無農薬栽培で育ててもらい、収穫したカシスの実は「マイリバー」が買い上げるという試みだ。いわばカシス栽培を通じた福祉施設と近隣農家の交流活動であり、地域の農業活性化という重要な役割も担っている。施設の入り口には、将来の夢も含めて「舞川・カシスの里」と大きな看板を掲げた。事業が拡大すれば、一関の新たな観光名所として全国のスポットが当たるようになるかもしれない。
農業が法人の中心事業になる日も近い
ところで、平成会がこれまで「ブナの木園」「ホームラン」「マイリバー」各施設におけてダイナミックな事業アイデアを構築してきたのは、小野寺毅統括園長(70歳)の存在が大きい。民間企業の経営者出身というだけあって、発想力や行動力がずば抜けて優れている。当然、職員に対する要求も非常に高い。「やるなら徹底的にやれ」と日々叱咤激励する姿は、従来の社会福祉事業にはあまり見られなかった光景である。
年間8,200万円にまで成長した「ホームラン」の豆腐事業も、「まだまだ伸ばせる。年間1億を目指せ」と強気の姿勢を崩さないし、カシスという聞き慣れないフルーツに特化した「マイリバー」の先進的な取り組みには「3年で年商3,000万の域にまで拡大しろ。現在の500万という年商では、事業をやっているウチにはいらない」と言い放つ。塚本施設長が「いつも怒られてばっかり。ほめられたことがないような気がします(笑)」と苦笑いするのも、理解できる。このような事業拡大に対する熱い思いは、すべて「利用者工賃を少しでもアップさせるため」という理念に基づいているのである。
そんな小野寺統括園長が計画中の次なる最新事業所が、「農業天国」(就労継続A型事業/今年度12月開設予定)である。作業科目は、その名の通り「農業」だ。7ヘクタールの大規模農園を開墾し、かぼちゃとさつまいも、ジャガイモ等を栽培する。生産された作物は青果としてではなく、主に加工品を製造して付加価値を付けていく計画だ。すでに昨年実験的に収穫したさつまいもから「干しいも」を作り、岩手県内のイオン十数店舗に卸したところ、年末年始の3日間だけで12,000袋が完売した。今年は青森・岩手・宮城の東北三県のイオングループに販売網を拡大することが決定しており、70,000袋から100,000袋の販売を予定している。開設前から販売網がすでに決定しているのは、「ホームラン」の時と同様だ。
「農業」という業種で、A型事業所を運営する。「ブナの木園」の生産活動活性化プロジェクトで培われた「やれば出来る」という思いが結集した、画期的な計画である。最近は小野寺統括園長自ら畑の開墾作業の陣頭指揮を執り、新しい事業のために利用者たちとともに毎日真っ黒になって汗を流しているという。さまざまな障害者の自立をめざして行動し続ける平成会の事業拡大の歩みは、とどまるところを知らないのである。
(文・写真:戸原一男/Kプランニング)
社会福祉法人平成会
知的障害者授産施設マイリバー(岩手県一関市)
http://www.nnet.ne.jp/~buna/
※この記事にある事業所名、役職・氏名等の内容は、公開当時(2010年07月05日)のものです。予めご了承ください。