Reportage
SELP訪問ルポ
NPO法人ヒールアップハウス(埼玉県川口市)
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ヒールアップハウスの概要
ヒールアップハウスは、晴れ晴れ(就労継続支援B型事業)、にちにち(就労継続支援B型事業)、のびのび(地域活動センターⅢ型)の3つの障がい者支援事業所を運営するNPO法人である。2003年に設立された精神障害者小規模作業所ヒールアップハウスが始まりであり、法人化された2006年に施設名を「晴れ晴れ」へ変更した。
法人が運営する3つの事業所は、それぞれに特徴をもたせている。「のびのび」は、居場所を求める人たちの施設、「にちにち」は、自分のペースで働きたい人たちのための施設、「晴れ晴れ」は、本格的に働きたいと思う人のための施設である。
どの施設においても、基本的な理念は障がいのある人たちが「お互いの個性を尊重し、社会参加をめざす」ことである。地域でその人らしい生活の実現に向け、共に考えていくために、さまざまな活動を行っている。
地域貢献としての地産商品開発
晴れ晴れの作業内容は、国産・県産の小麦・米粉にこだわった焼き菓子づくりだ。とくに中心となるのはベーゴマクッキーであり、売上の約80%を占める大ヒット商品なのだという。この商品が生まれた背景について、石﨑美智代表理事(46歳)は次のように語っている。
「当初私たちの施設では、国産小麦粉を使用したパンの製造や内職、メール便配送などの仕事を中心にしていました。流れが変わったのは、2013年からでしょうか。職員と利用者が一緒に、商品開発研究会を定期開催することになったのです。そこでみんなに問いかけていったのが、『自分たちはこれからどのように暮らしたいと思っているのか?』でした。するとほとんどの人が、『このまま川口でずっと生きていきたい』と答えたのです。だとしたら、地域の人たちと一緒にできる商品づくりに特化していこう──私たちができる地域貢献としての地産商品の開発は、ここからスタートしました」
こうして地元蔵元(アライ商店)の麦味噌を使ったクッキー、県内産の米粉と狭山茶を使った茶々丸(米粉クッキー)などが次々に開発されていき、パレスホテル大宮主催のPremium Quality Cup焼き菓子コンテストで2年連続(2015、2016年)優勝するなどの実績を重ねていった。
ベーゴマクッキーの開発も、同時平行で2014年頃から取りかかっていった。川口を代表する地場産業といえば、鋳物の鋳造である。吉永小百合主演映画『キューポラのある街』(1962年)では、全盛期の街の様子が詳細に描かれている。現在でも鋳物工場は市内に数多く存在し、日本で唯一のベーゴマ専門鋳物工場(日三鋳造所)もあるほどだ。川口みやげの開発を模索する石﨑さんたちにとって、ベーゴマをモチーフとしたお菓子は理想的な商品だったのである。
誕生と同時に、大反響を呼んだベーゴマクッキー
開発から発売に至るまでは、2年ほどの月日がかかったという。一番の難関は、ベーゴマのカタチを忠実に再現しながら、サクッと美味しいクッキーに仕上げることだった。椎木芳江施設長(42)は、開発の苦労を語る。
「ベーゴマの世界ではブランドにもなっている日三鋳造所さんに公認してほしかったので、鋳型づくりから一緒になって研究していきました。ベーゴマ特有の形状(渦巻き状のコマ型、上面のロゴマーク)を忠実に表現するためには、鋳型を2種類つくる必要があります。でも生地にフタをして焼くことになるので、コチコチに硬いクッキーになってしまうのです。ベーゴマのカタチの再現性と、クッキーとしての美味しさの追求。この2つを両立させるのが本当に難しくて、試行錯誤が続きました」
Premium Quality Cup焼き菓子コンテストの優勝特典として派遣されてきたパレスホテルのシェフの技術アドバイスによって、この非常に難しい課題が少しずつ解決されていった。小麦粉に米粉をブレンドする配合率や、焼き方等の調整を繰り返し、2016年にようやく求めていた商品に仕上がったのだ。苦労した甲斐あって、ベーゴマクッキーは「川口市観光物産協会推奨みやげ品」に認定されるなど、発売と同時に大きな注目を浴びている。
「3月に発売がスタートすると、新聞、テレビ等のマスメディアからの取材が殺到しました。すごかったのは、NHKの夕方のニュースで取り上げられた時ですね。販売を委託していたすべての店から、あっという間に商品がなくなってしまったのです。せっかくのチャンスを逃してはいけないと、夜遅くまで毎日のようにベーゴマクッキー製造に追われることになりました」と、椎木さん。
ヒット商品の誕生によって、利用者たちも変わった!!
この状況に、利用者たちの働くことへの意識がどんどん変わっていった。石﨑さんはその変化を嬉しそうに語る。
「精神疾患のある人たちが中心の事業所ですから、当時の平均出勤率は50%程度。体調が悪くて気が向かないと、どうしても休みがちでした。でも施設のことがまわりから注目されて、職員たちも必死にクッキーを作っている姿を目の当たりにして、『休んでいる場合じゃない』と思ってくれたようなのです。仕事への責任感が芽生え、出勤率は大幅に改善されました(現在は80%以上)。作業の中心をベーゴマクッキーづくりに特化できたため、毎日安心して仕事に専念できることも大きかったと思います」
商品が飛ぶように売れるから、利用者工賃も期待以上に上がっていった。当初は平均150円程度(変動制)だった時給も、300円に固定され、今では350円に迫る勢いだという。フル出勤すると、月額工賃は50,000円以上になる利用者もいるほどだ(休日出勤する方もいるとのこと)。
つまりベーゴマクッキーというヒット商品の誕生によって、利用者たちの仕事への意欲が増し、精神的安定にもつながり、平均工賃も大幅にアップした。すべてがプラスの方向に向いていったのである。生産力もどんどん上がり、ある時期などは「張り切りすぎて、受注数以上につくってしまったこともありました」と椎木さんは笑う。
地域の農家、事業者とのコラボを続けていきたい
晴れ晴れでは、その後も地域事業者とのコラボレーションによる商品開発を続けている。浅見農園(埼玉県入間郡)の「越生ゆず」を使ったマドレーヌ、ゆずしょこら、ゆずシュトーレン。サトルファーム(本庄市)の「埼玉青大丸なす」の漬物を使ったサブレ。地域資源ブランド力強化事業(川口市経済部産業労働政策課)への参加による「川口御成道麦味噌」の商品開発(麦味噌キャラメルサンド、麦味噌マドレーヌ)、等々である。県内産小麦や地元商品を使った地域住民向けの料理教室なども開催し、毎回好評を得ている。
「地域の食材を使って新商品を開発していく考え方は、これからもますます発展させていきたいですね。地元の人たちとコラボしていけば、そこで生まれた商品はみんなが積極的に販売してくれます。そのぶん私たちは、商品加工に専念できるのです」と、石﨑さん。
今後の目標は、連携作業の輪を福祉施設にも広げていくことだという。福祉の世界ではいま「農福連携」が大きなテーマとなっているが、福祉施設の畑で生産されている農産物も数多い。こういった福祉農産物を積極的に仕入れて、地域の事業者と共に新商品を加工提案していく──いうならば「福福連携」を視野に入れた取り組みだ。その輪が広がれば広がるほど、地域の人たちとの接点も増えていくことなる。
「やさしい」地元の素材を使い、「たのしい」見た目のカタチをつくり、「おいしい」商品を作っていく。利用者たちがずっと地域で暮らすことを願い、地域に感謝の気持ちを込めて、晴れ晴れではこれからも新たな商品づくりを進めていくに違いない。
(文・写真:戸原一男/Kプランニング)
NPO法人ヒールアップハウス(埼玉県川口市)
https://healuphouse.org
関連サイト:晴れ晴れ
※この記事にある事業所名、役職・氏名等の内容は、公開当時(2020年09月01日)のものです。予めご了承ください。