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社会福祉法人花水木の会(東京都練馬区)

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花水木の会の概要

花水木の会は、就労継続支援A型事業所「かすたねっと」を経営する社会福祉法人である。基本的には1法人1施設の小規模な組織だが、関連事業としてガイドヘルプサービス「みちあんない」や知的障害者グループホーム「こぶしの家」も運営する。

作業品目は、クッキーやケーキ等の焼き菓子製造である。法人本部がクッキーの中心的作業所兼店舗を兼ねるほか、近くにケーキ専門の製造&販売店舗をオープンしている。

施設が位置するのは、都内でも屈指の文化ホールとして常にさまざまなコンサートや催しが開催されている練馬文化センターの裏手である。そのため区民たちが比較的気軽に立ち寄れる空間となっており、このことが「かすたねっと」というブランドを区民たちの間に自然と浸透させる要因にもなってきた。

法人の設立は2001年だが、施設自体の立ち上げは1986年であり、事業の歴史は比較的長い。もともとは知的障害者無認可作業所として、障害児の母親たちが養護学校卒業後の進路の一つとして生みだした組織であった。矢吹良子施設長(69歳)は、当時の立ち上げメンバーの一人。「自分の子供の就職先というよりも、同じ境遇に置かれた子どもたちが一人でも多く働ける場を作りたいと思って施設を立ち上げました。練馬区の障害児教育は比較的先進的だったのですが、それでも卒業後の進路は見つからないのが現実だったのです」

そうはいってもあるのはメンバーたちの熱い思いだけで、土地も資金もほとんどない。比較的低資金で始められるクッキー製造を事業の中心とすることにし、当時すでに障害者のクッキー事業として成功を収めていた渋谷区恵比寿の「おかしやぱれっと」に教えを請い、「ぱれっとねりま」として事業を開始した。その後十数年後に独立して法人化も果たし、「かすたねっと」というブランドとなって現在に至っているというわけである。

「かすたねっと」クッキーの特色

「かすたねっと」では、現在、さまざまな味のクッキーとケーキを作っている。

クッキーのバリエーションは、12種類だ。パイナップル・かすたねっと(ジャムサンド)・レモン・チョコレート・ごま・アーモンド・ナッツ・ココナッツサブレ・キヌア・ごまっちー・コーヒーロック・ヘーゼルナッツ・くるみとチョコ・ジンジャー・紅茶サブレ…。

ケーキのバリエーションは、17種類と、さらに豊富なラインアップだ。チョコレートケーキ・フルーツケーキ・ブランデーケーキ・レモンウィークエンド・ブラウンシュガーとくるみのケーキ・りんごケーキ・オレンジケーキ・くるみの森・チーズケーキ・フェナンシェ(バター・ほうじ茶・抹茶)・おいもパイ・ジンジャースパイスケーキ・塩バターケーキ…。

どちらも徹底的に素材にこだわり、甘さ控えめにした自然の美味しさが特色である。小麦は国産小麦とオーストラリア産小麦を独自の配合でミックスし、赤卵と三温糖と無塩バターを使っている。施設が作るクッキー・ケーキ類としては比較的淡泊な味付けであり、とくにクッキーはその独特のサクサク感が「あっという間に一袋食べてしまう」と顧客からの評価も高い。

商品開発にも力を入れている。毎年2品は新商品を発売できるように、施設長自らが、半年以上かけてじっくり取り組んでいるとのこと。「練馬区内では、同じクッキーを作っている施設が本当に多いんですよ。ですから同じことをしていたのでは、すぐに追いつかれてしまいます。『いま以上のモノを作れ』というのが、理事長からの司令なんです。同業者が『とても真似できない…』と諦めるほどのレベルの製品を作れということですね」(矢吹施設長)

最新作は、ころんとした可愛い形の和菓子風ケーキ「おいもパイ」や、贅沢にトワイニングの最高級アールグレイ紅茶を使った「紅茶サブレ」である。

「紅茶サブレに使う紅茶は、何十種類もいろいろ試行錯誤しました。高級品からそうでないのまで、考えられる限りはすべてね。ティーバッグの安い紅茶も使ってみましたが、焼いてみると紅茶の香りがまるで飛んでしまうんです。さすがに高い紅茶は違いますね。おかげで原材料費が計画以上に高くなってしまいましたけど(笑)

各界から評価されつつある「かすたねっと」製品

そんな施設長たちの頑張りが、「かすたねっと」の事業を支えてきた。現在の年間売上は、約2,700万円。1法人全体の売上としては決して大きくはないだろうが、クッキーを中心とした製菓事業だけでこの数字を達成しているところに価値がある。しかも就労継続支援A型事業所として17名の定員のうち9名を最賃雇用し(社会保険適用)、8名は非雇用型として平均月額給与22,600円を支給している。小規模施設が多い東京都内においては、数値的な実績は群を抜いた存在と言ってもいい。

製品の販売は、店頭販売や高速パーキングエリアへの委託販売、企業・団体への記念品、イベント出店等である。とくに独自の販売展開をおこなっているわけではない。しかし25年にわたって着実に地元で真摯な製品づくりをおこなってきた実績が、地元の人たちに認められて「美味しいクッキー&ケーキ」=「かすたねっと」というブランドが確立されてきた。

その最たる結果が、2001年の「ねりまの名品21」への選定であろう。これは練馬区が21世紀の幕開け記念事業として、練馬区ならではの名品21品目を選ぶという企画で、区民からの30,208通の応募を元にして専門家たちが最終決定した。洋菓子・和菓子・加工食品・工業&工芸品・農産物のカテゴリの中からそれぞれ区民が推薦した商品が選考されている。

また、著名な食文化研究家である永山久夫氏の著書「にっぽんの旨い!」(生活情報センター刊)にも、北海道から沖縄まで氏が選びに選んだおすすめ100点として、「かすたねっと」のキヌアクッキーとごまっチーが掲載されている。 

「両方とも、ある日突然電話かがかかってきまして、それぞれに選考されたと報告されたんですよ。こちらとしては、ホントに寝耳に水ですよ(笑)。でも、第三者から評価していただけることは嬉しいですし、みんなのやる気につながります。とくに永山久夫さんみたいな方からも書籍で過大にほめていただき、とても自信になりました」と、矢吹一夫理事長(65歳)

もともと健康素材を使っている「かすたねっと」の菓子類だが、「にっぽんの旨い!」で取りあげられたキヌアクッキーとは、アンデス山脈の高原の人たちが主食とする穀物キヌアを使った健康食品である。キヌアは高タンパクであるだけでなく、カルシウム・鉄・食物繊維が豊富に含まれている。必須アミノ酸のすべてを含むことから、次代の宇宙食候補としてNASA(アメリカ航空宇宙局)も注目しているほどの食材なのである。

このスーパー穀物を使ったキヌアクッキーは、ある商社マンのアドバイスがきっかけとなって生まれたという「かすたねっと」の完全オリジナル製品だ。日本ではまだこの穀物を原材料にした菓子はほとんど出回っていない。だからこそ永山久夫のような食の研究家も注目した。アレルゲンを持たないので、「食物アレルゲン除去食」としても推奨されている。まさに現代に求められるニーズをすべて含んだ健康クッキーなのである。

利用者たちの笑顔こそが、プラスαの美味しさの秘密

「かすたねっと」のメンバーは、2009年に障害者のパン・お菓子作りコンテストである「第4回ユニバーサルベーキングカップ」に参加し、焼き菓子部門で「チョコレートケーキ」が見事銅賞を受賞した。

ユニバーサルベーキングカップというのは、製造工程の全てを障害者たちだけでおこなうのが競技ルールである大会だ。つまり日常的に、利用者たちが主体的に作業をおこなっている施設でないと、参加そのものが不可能ということになる。矢吹施設長を中心とした日頃の厳しい作業支援が、ユニバーサルベーキングカップの受賞につながったわけである。

「かすたねっと」の作業場は、施設(店舗)に足を踏み入れるとすぐ目の前のカウンター奥に、まるでオープンキッチンのように広がっているのが特徴である。お菓子を購入しにきたお客さんたちに、彼らが働く姿をありのままに見てもらいたいという考えから作られた設計だ。この設計が功を奏し、頻繁にお客さんたちが出入りすることに慣れた利用者たちは、仕事をしながら来客たちに愛嬌を振りまくようになっている。

「クッキーの包装係が担当です。仕事も楽しいけど、もっと楽しいのは、夏休みに旅行に行くことです。長崎に行きます。チャンポンとソフトクリームを食べるのを楽しみにしています」(堀田理恵さん)

「絞り機の担当です。一生懸命、頑張っています。仕事は、楽しいけど、大変です。大変だけど、楽しいです」(保科晋さん)

「タネ作りと、ミキサーの担当です。『かすたねっと』で、24年間、働いてきました。美味しいクッキーを、たくさん食べてください」(安藤俊光さん)

カメラを向けて声をかけると、順番に次々集まってきた。彼らの笑顔が「かすたねっと」のお菓子にプラスαの価値を加え、さらに美味さを感じられるようになっているに違いない。販売会等にも、利用者たちを積極的に同行させて製品販売に立ち会わせるようにしているという。

ちょうど取材当日は、東京丸の内のオフィス街での販売会の日であった。施設からは車で1時間程度かかる会場に、利用者と共に毎月3回販売会に出かけているとのことで、ワゴン車に荷物をたくさん詰め込んで出発していった。この販売会は、丸の内のOLたちはもちろん、銀座の百貨店への買い物途中の年配客たちも購入してくれる好スペースらしい。なかにはこの販売会をいつも楽しみに待ってくれている人がいるほどである。23年間ずっと欠かさず継続的に続けてきたという歴史が、熱心なリピーターを作りだしてきたのだろう。

高齢化に向けた作業品目の開発が課題

事業スタートから25年、これまでクッキー・ケーキといった製菓事業に特化してきた「かすたねっと」だが、今後の課題は利用者たちの高齢化対応に尽きると、矢吹理事長は語っている。

「25年も事業を続けていますと、やはり利用者たちも年を取ってきます。立ち仕事が辛くなっている人たちがけっこういるんですよ。彼らのためにも法人全体としては、工賃にこだわらないゆっくりした仕事環境や新しい作業品目を考えていく必要がありますね。一方で、『かすたねっと』としての課題は、非雇用型の利用者たちを一人でも多く雇用型に切り替えることでしょう。そのためには、もちろんもっと売上を上げていくことが求められています」

手作りのクッキー・ケーキで、25年間にわたって堅実かつ着実に事業を伸ばしてきた焼き菓子屋「かすたねっと」。この名称には、手作りの優しさという製品ポリシーと、みんなでいい音色を響き合おうという施設の運営方針が込められているという。これからも地元の人たちに支えられて、いつも美味しそうな香りを地域に漂わせ続けていく。そんな施設であり続けてほしいものだ。

(文・写真:戸原一男/Kプランニング

社会福祉法人花水木の会・かすたねっと(東京都練馬区)
http://www.casta.jp

※この記事にある事業所名、役職・氏名等の内容は、公開当時(2010年09月06日)のものです。予めご了承ください。