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社会福祉法人一麦会(和歌山県和歌山市)

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「放っとけやん」を合い言葉にした麦の郷の活動内容

一麦会麦の郷(以下、麦の郷)は、身体・知的・精神障害者、障害乳幼児、不登校児、高齢者等を対象として、「生活保障」「発達保障」「労働保障」の三本の柱でさまざまな活動をおこなう社会福祉法人である。

労働支援として「ソーシャルファーム ピネル(就労継続支援A型事業/就労継続支援B型事業)」、「けいじん舎(就労継続支援A型事業)」「麦の郷印刷(就労継続支援A型事業)」、「はぐるま共同作業所(就労継続支援B型事業)」、「はぐるま共同作業所・和の杜(就労継続支援B型事業)」、「はぐるま共同作業所ラ・テール(就労継続支援B型事業)」、「結い(生活訓練事業)」、「くろしお作業所(生活介護事業)」、「くろしお作業所・め組(就労継続支援B型事業/生活介護事業)」等の事業所を経営する。

その他にも生活支援として「麦の郷社員寮・麦の芽ホーム・あいあいホーム・プラネットホーム・たつのこホーム・ひびきの郷・どんどんホーム」「麦の郷和歌山生活支援センター」「麦の郷紀の川岩出生活支援センター」「障害児者サポートセンター・麦の郷」「ホームヘルプ麦の郷」「麦の郷高齢者地域生活支援センター」「麦の郷訪問看護ステーション」等の施設、さらに発達支援として「こじか園」「こじか親子教室」「学童保育ぽけっと」「びっぐぽけっと」「ハートフルハウス」等の施設や多岐にわたる事業を展開している。

1977年の無認可共同作業所「たつのこ共同作業所」を設立以来、「放っとけやん」(和歌山弁で「放っておくことができない」の意)を合い言葉に、生活弱者とされる障害者や高齢者が地域で幸せに暮らすことができる豊かな町づくりをめざしてきた。和歌山県内における障害者支援組織の草分けともいえる組織なのである。

精神障害者の社会復帰をめざした運動をスタート

多様な障害者就労系施設を運営する麦の郷の中でも、特に異彩を放っているのが「ソーシャルファーム ピネル」の存在だろう。工場の設立は、1995 年。全国初の精神障害者福祉工場として華々しいスタートを切った。ただでさえ、毎日安定して継続的に仕事につくことが難しいとされる精神障害者が対象の事業所である。そんな彼らの経済的自立を促すというテーマに、真っ正面から取り組んだわけだ。法人設立者の一人でもある伊藤静美・一麦会理事(麦の郷障害者リハビリテーション研究所長)は福祉工場の設立理由について、次のように語っている。

「もともと私たちが精神障害者の支援に関わるようになったのは、『たつのこ共同作業所』を運営するなかで二人の兄弟と出会ったのがきっかけです。家庭崩壊によって地域から追われてしまった統合失調症の二人への行政側の対応は、精神病院への入院を勧めるというものでした。でも当時(1984年)の精神病院の平均在院日数は、全国平均で529日という長さだったのですよ。和歌山県ではさらに長く、935日という全国ワーストワンの数字。つまり一度入院してしまったら、平均で3年間、ひどい人になると一生病院に閉じ込められるわけですね。窓には鉄格子が張り巡らされていて、外界からは完全に遮断された隔離病棟ですよ。これはもう合法的な虐待であり、犯罪的な行為ではないかと私たちは思ったのです」

知ってしまったら「放っとけやん」。こうして麦の郷のスタッフたちが、「精神障害者の社会復帰を進めるキャンペーン」を大々的に和歌山市内で繰り広げ、彼らが地域で生活できる場を設立していくことになる。「ソーシャルファーム ピネル」は、そんな流れの中で生まれてきた精神障害者の就労施設であった。

「この施設に関しては、共同作業所ではなくて『お金儲けできる』企業的な組織作りが不可欠だと思いました。これまで病院に保護収容されてきた人たちが、仕事をすることによって納税者になってもらおうという画期的な挑戦でしたからね。当時の医学界の常識では不可能と思われていましたが、当事者たちをよく知る私たちの感覚では絶対にできるはずだと確信していました」

「ソーシャルファーム ピネル」の名は、1783年にパリのビセートル精神病院で初めて精神病患者を鎖から解放したフランスの精神科医フィリップ・ピネルに因んで付けられた。氏は薬の過剰投与を廃し、人道的かつ心理学的臨床を重んじた精神科医であった。「治療の原点は自由にある」という固い信念を持っていたというピネルの名は、精神障害者たちを地域に解き放つための象徴としてまさにふさわしい。施設の地下には、かつて和歌山県内の精神科病棟の窓に張り巡らされていた不気味な鉄格子の残骸が保存されている。このような時代に二度と戻してはならないという法人としての決意の表れだろう。

人に合わせた勤務体系で、安定雇用を実現する

現在の「ソーシャルファーム ピネル」の事業内容は、クリーニング作業である。(福祉工場の時代には、クリーニングの他にも食品製造と印刷事業をおこなっていたが、新体系移行の際にそれぞれが就労継続支援A型事業として分化した)病院の基準寝具(シーツ・ホーフ・枕カバー等)のリネンサプライや、白衣・病院の長期入院患者・老人ホーム入所者の衣類クリーニングを主たる業務とし、精神・聴覚・知的障害者と高齢者パートなどが入り交じったメンバー構成となっている。

田村知己施設長(44歳)は説明する。「ソーシャルファームというのは、福祉制度に基づく既存の障害者就労系施設と異なり、社会的目的をビジネス手法で実現する新しいタイプの事業所です。働く意志がありながら就労することが困難な人たちであれば、障害種別にかかわらず参加してもらうことを基本としています。心の病という障害のために連続して働きにくい人もいれば、家庭事情のために限られた時間内で働かざるを得ない人もいる。みんながお互いの事情を理解して、フォローし合えばいいのですよ」

そんな職場だからこそ、精神障害のメンバーたちも働くことに対する不安感を払拭できるに違いない。彼らに具体的に用意されている出勤パターンは、4種類。一日を四回に分け(1)午前8:30〜10:10、(2)10:30〜11:45、(3)13:00〜14:30、(4)14:50〜16:00、この中から2クールをこなすことからスタートし、徐々に仕事に関われる時間を増やしていく。一日の労働時間を短くして毎日出勤できるようにするのか、クール数を増やして一日おきにするのかは、本人と相談しながら慎重に決めていく。4クールすべてをこなし、しかも月曜日から金曜日まで毎日出勤することができれば、就労継続A型事業所メンバーの仲間入りである。和歌山県の最低賃金(時間給674円:月額平均約81,000円)が保障されることになる。当初は誰でも就労継続B型事業所の実習生として時給100円からのスタートだが、就労時間というわかりやすい目標を達成することで明確に工賃が上がるシステムとなっているわけなのだ。

「具体的な目標が見えるので、メンバーのモチベーションはどんどん上がっていくと思います。もちろん無理は禁物ですし、私たちも注意しながら対応しているつもりです。それでも彼らのお金に対する純粋な気持ちを知ると、真剣にならざるを得ませんね。時給が10円上がっただけで、『これでビールが1本多く飲める』と喜んだメンバーの声を決して忘れてはいけないと思います」

不況下でもクリーニング事業の売上は、年々拡大

「ソーシャルファーム ピネル」の年間売上高は、現在約9,400万円(2010年実績)である。2000年の時点では約4,300万円程度であったから、ここ10年でほぼ二倍に事業を拡大してきたことになる。クリーニング業界全体が価格競争の波に飲み込まれ、全国の同業福祉施設がどこも事業運営に苦戦している中で、この成長は目を見張るものがある。どうして売上を年々拡大できているのだろうか?

「この商売の基本は、お客様からの信頼を勝ち取ること。これ以外、秘策はなにもありません。誠実な仕事をきっちりしていけば、お客様から私たちに仕事を出していただけるようになるのです。たとえば、白衣のアイロンプレス。安ければ仕上げは適当でいいという考え方では絶対にダメですね。しわ一つない完璧な仕上がりは、見る人が見ればその差が明らか。ある病院の先生などは、入札で別の業者に決まってしまったにもかかわらず、自腹でいいからといって私たちに発注してくれるほどなのです。糊のきかせ方も、お客様の好みに合わせているところとか、細かい点への気配りが評価されているのかもしれません。白衣のボタンがほつれていたのをメンバーが気にしてきちんと付け直して納品した時など、感激した看護師さんから丁寧なお礼状をいただきましたよ」

田村施設長の言葉から、工場で働く人たち全員が洗濯という仕事に対して真摯に向き合っている姿が見えてくる。メンバーたちの障害特性も、この仕事に関してはむしろプラスに働いているようだ。お客さんが10人いたとしたら、9人までは許容してくれるレベルのしわや汚れがあるとする。しかし運悪く残りの1人のお客さんにそれを納品してしまった場合には、クレームとなってしまうだろう。その点、徹底したこだわりを持つメンバーの存在は貴重である。施設長が「これはオッケーだろう」と思える場合でも、勝手にやり直し指示をしてしまうらしい。

「ちょっとやり過ぎかな?と思う時もありますが(笑)、決してそれがダメだとは私は絶対に言いません。適当な仕事は、必ず自分たちに返ってきます。きっちり仕上げることが私たちの洗濯屋としてのモットーなのです。私より厳しいチェック係が現場に2名もいるので、品質管理については安心して任せることができますね」

メンバーだけでも運営できる組織作りが最終目標だ

田村施設長は、今後の「ソーシャルファーム ピネル」のあり方について次のように語ってくれた。

「福祉行政がどんどん変化していく中、私たちは自力で運営できる体制をめざすべきだと痛感しています。補助金ゼロでも運営できる組織づくりを考えておけば、多少制度が変わってもビクともしませんからね。もっというと、メンバーたちだけで事業が成立する組織を作り上げることが最終目標です。能力のある人たちはどんどんメンバー(利用者)からスタッフ(職員)に登用していけばいいと思いますよ」

現実に、少しずつではあるがメンバーたちだけでも仕事が回転する体制を作り始めているのだという。一日の作業計画、受注電話対応、伝票作成、配送納品に至るまで、それぞれの分野でリーダー格の人材を育てつつある。現場を大切にし、いつまでも一緒に汗をかいて働くことにこだわり続ける田村施設長ではあるが、最近は自分が不在になっても彼らだけで十分対処できる能力が身についたと嬉しそうに語っている。「もっとも、万が一、機械トラブルが発生したら、大変ですよ。予期せぬことが起きると、それだけでパニックになってしまいます。問題はそれだけなのですけどね(笑)

蒸気を使用するため夏場は連日40度を超えるという過酷なクリーニングの職場環境だが、これまで仕事に就くなど絶対に不可能と考えられてきた精神障害者たちが「ソーシャルファーム ピネル」の門を叩き、働き続けることで医療関係者も驚くような成長を遂げてきた。この実践こそ、伊藤理事たちがめざした「精神障害者の社会復帰運動」そのものであり、これからも多くの人たちを巻き込んだ活動となって地域に根付いていくことだろう。

「精神障害者は働くことが難しいと決めつける人がたくさんいますが、そんなことはありません。個々の障害特性をしっかり見極めて、少しずつ仕事に慣れさせていくという支援をしっかりおこなえば、必ず職場に定着させることは可能なのです」と、田村施設長。フランスの精神科医フィリップ・ピネルがめざした「鎖でつながれた精神障害者たちの心を解き放つ」という理想は、200年の時を経てもしっかりと麦の郷のスタッフたちに引き継がれているのである。

(文・写真:戸原一男/Kプランニング

社会福祉法人一麦会・麦の郷(和歌山県和歌山市)
http://muginosato.jp

※この記事にある事業所名、役職・氏名等の内容は、公開当時(2011年06月20日)のものです。予めご了承ください。