Reportage
SELP訪問ルポ
社会福祉法人タラプ(北海道伊達市)
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タラプの概要
タラプは、障害福祉サービス事業所i・box(就労継続支援B型事業、生活訓練事業、宿泊型自立訓練事業、短期入所事業を多機能型事業所として一体的に運営)、児童心理治療施設バウムハウスの2つの事業所を運営する社会福祉法人である。この他にも、道の駅「だて歴史の杜」内にブーランジェリーi・box(パン販売店舗)を出店する。
タラプのグループ法人として、ミネルバ病院(精神科・内科)を運営する医療法人社団倭会がある。患者に安らぎの場を提供することをめざしてきた医療法人が、一歩進んで社会復帰するためのステップとして2003年に社会福祉法人を設立し精神障害者通所授産施設(当時)を開所したのが始まりだ。20名定員の小さな施設であるにも関わらず、初代理事長がヤマト福祉財団の小倉初代理事長の実践(工賃1万円からの脱出)に感銘を受けたこともあり、「月額平均工賃6〜7万円」という目標を打ち出した。
2008年に新体系に移行し就労継続支援B型事業所と就労移行支援事業所となってからも、精神障がいのある方が中心の就労支援施設という位置づけは変わらない。高い工賃を保証する事業所として着実に利用希望者を増やし、現在では71名定員(登録者91名)の事業所に成長している。作業種目は、①パンの製造販売、②病院売店運営、③介護用品等販売・配送の3つが中心だ。
「タラプ」とは、アイヌ語で「夢」という意味である。オランダ語では飛行機に乗る移動式の階段を「タラップ」というが、これと掛け合わせて精神障がいのある人たちが社会復帰するための「夢の懸け橋」になりたい──法人名には、スタッフたちのそんな熱い思いが込められている。
地産地消の素材を使ったパン事業
現在、月額平均工賃53,499円(2021年度実績/ただし、週5日フル通所利用者の平均値)を誇るi・boxの中心的な作業は、パンの製造販売だという。松添慎吾管理者は、その特徴を次のように語る。
「私の前職はミネルバ病院でのソーシャルワーカーでした。施設の立ち上げメンバーの1人なのですが、障がい者の就労支援について何も知らなかったから大きな目標を掲げられたのだと思います。市内にはパンの同業者も多く、決まった販売拠点があるわけでもありません。なんとか病院関係で付き合いのある企業、スーパー、学校にお願いをして、出張販売するところからスタートしました。当初から利用者さんに多額の工賃を保証する事業を想定したため、パン職人を雇って本格的な製品づくりを行っています。そのため、手作りの美味しいパン屋さんとして地域の人たちに広まったのでしょう」
事業が大きく飛躍したのは、2013年に道の駅「だて歴史の杜」内にブーランジェリーi・box(boulangerie i・box/以下、ブーランジェリー)を出店してからのことだ。前年度から道の駅にパンを出品販売してはいたのだが、翌年に観光物産館が増築することになり、テナント店舗のプロポーザルがあった。i・boxでは「地元野菜や食材をふんだんに使ったパンの製造販売を通じて、地域活性化にもつなげる」というコンセプトを打ち出し、見事に採用となったのである。
「だて歴史の杜は、当時、北海道内でもナンバーワンの来客人数を誇っていた道の駅です。ここに出店できたら売上が大きく伸びることは分かっていましたから、職員も増員し、量産体制を整えました」と、松添管理者は言う。事実、ブーランジェリーのオープンによって、パン事業の全体売上は倍増。2020年から続くコロナ禍によって約20%減ったというものの、現在でもこの店だけで年額約3,270万円を稼ぎ出している(日額売上は約7万円〜10万円)。
「おすすめは、地元の採れたて野菜を使ったカンコワイヨットとハムのサンドイッチ、トマトを載せたタルティーヌ(オープンサンド)でしょうか。カボチャを生地に練り込んだパンプキンブレッド、トウキビパン、玄米とアマニの食パンも人気です。このように普通のパンだけじゃなく、見た目にも鮮やかな野菜たっぷりのオリジナルパンを提供しているので、たくさんの方から好評なのだと思います」と、伊藤渚主任支援員も嬉しそうだ。
地域のスーパーへの出張販売も、引き続き行っている。現在は地域の4店舗に対し、10時の開店から17時まで毎日入れ替わり(週2回の店舗が2箇所)で対応する。こちらも1店舗当たり平均して20,000円〜60,000円の売上があるという。このようにさまざまな販売先を確保することにより、i・boxのパン事業は今や年間売上が約4,400万円を超えるまでになったのだ。
病院売店や介護用品の販売・配送作業
これに対して、病院売店や介護用品の販売・配送作業というのはどちらかというと「仕事の種類を増やすことも事業所運営としては重要」と考え取り組んでいるのだと松添管理者は説明する。どちらもグループ法人の医療法人が運営する病院、高齢者施設から受託される仕事である。ミネルバ病院での「売店運営」や、有料老人ホームチエロだてで使う「おむつの販売・配送」、「職員ユニフォームの回収→クリーニング業者への配送→施設への納品」を行っている。
「精神障がいのある利用者さんにとって、接客の仕事をする機会はあまりないかもしれません。でもミネルバ病院の売店だからこそ、安心して対応できるのでしょう。ここに入院していた利用者さんもいますから、知り合いに会ったというケースも多いみたいです。患者さんにとっても、みんなが働く姿は将来の目標になっていると思います」と、松添管理者。
売店での年間売上は、約2,400万円。介護用品の販売・配送は、2,300万円になるというものの、どちらも医療法人から「なるべく患者さん、利用者さんにメリットがあるように」と依頼された仕事のため、あまり利益をあげることは考えていないのだという。
少しでもこの部門での利益率を上げるため、最近では施設外就労にも力を入れている。具体的には近隣農家の収穫の手伝いや、優先調達法を活用して行政から委託される公有地の除草作業。民間会社から年2回定期的に委託されるソーラーシステム工場敷地内の除草作業というのもある。松添管理者は、「売上的にはまだまだ微々たるものですが、これからは施設外の仕事を積極的に受注していきたいですね。外に出ていって人と触れ合う仕事は、たくさんの利用者さんに体験してもらいたいと思います」と言う。
さらなる工賃アップと理想をめざして
多くの施設と同じように、i・boxでもコロナ禍によって事業的には大きな打撃を被っている。幸いなことにブーランジェリーでの売上減は2割程度に留まったが、材料費、光熱費、配送費等の高騰によって利益率は少しずつ下がってきたのが現実だ。しかし驚くことに、次なる構想としてブーランジェリー2号店の準備が進んでいる(2023年4月オープン予定)。この理由について、松添管理者は次のように語る。
「2020年頃から10年先を見据えて新しいことを始めたいと考え、プロジェクトがスタートしました。おかげさまで道の駅内の1号店はとても好評ですが、私たちとしてはやはり独自の店舗(従たる事業所)を持ちたいという夢があったのです。新店舗は、国道37号線沿いの好立地。小さいながらも庭付きで、内倉真裕美さんという有名なガーデナーにデザインしてもらいます。内倉さんは花のまちづくりで有名な北海道恵庭市を『市民がつくる花のまち』としてリードしてきた活動家でもあります。自然を通じて障がいのある人と地域住民の方が気軽に交流し合える空間を作りたい──私たちのそんな考えに共感し、素敵な庭をデザインしてくれると思います」
プロジェクトの最大の目的は、さらなる工賃アップである。精神障がい者が中心のB型事業所としては、全国でも有数の月額平均工賃を誇る事業所に成長したものの、施設開所時に掲げた目標(6万円以上)にはまだ達していない。2号店での年額売上目標約2,000万円という数字がクリアできたとき、夢は着実に近づいていくはずだ。
精神障がいという障害の特性上、安定した事業運営のためには利用率の向上も欠かせない課題といえる。i・boxでは工賃体系にも「皆勤手当(週5日:15,000円、週4日:6,000円、週3日:1,000円)」「精勤手当(週5日:6,000円、週4日:2,000円、週3日:500円)」という細かな区分を取り入れ、利用者たちの意識を「休まなければ工賃が高くなる」方向に導いてきた。この結果、以前は50%程度だった出勤率も、現在では70%程度にまで上昇したのだという。
i・boxではこれからも、基本方針である「職業人の育成、働く喜び、高収入を保証する福祉的就労の場」をめざして、さまざまな活動に取り組んでいく予定だ。北の大地でまだまだ伸びていく事業の行く末を、ぜひとも注目していきたいと思う。
(写真提供:社会福祉法人タラブ、文:戸原一男/Kプランニング)
障害サービス事業所 i・box
https://tarap.org/ibox/gaiyo.html
▲ブーランジェリーi・box2号店の企画書。
「共生型社会の街づくり(居場所づくり)」を基本コンセプトとしている。
ブーランジェリーibox – Instagram
https://www.instagram.com/boulangerie_ibox/
※この記事にある事業所名、役職・氏名等の内容は、公開当時(2022年10月01日)のものです。予めご了承ください。